赤毛のアンのお茶会 第29回

第29回 ギルバートはなぜアンの赤毛をからかったのか?

南野モリコ

 

2022年は『赤毛のアン』邦訳誕生70周年の年。村岡花子訳の改定本や関連書籍の出版ニュースも飛び込んできました。また新しい読者が増え、新しい解釈が生まれていくんですね。わくわくするこの頃です。

さて、今月は、なぜギルバートはアンの赤毛をからかったのかについて深読みしました。最後まで、ゆるゆるとお付き合いくださると嬉しいです。

シリーズ・赤毛のアン1『赤毛のアン』(ポプラ社、2009年)

 

 

ギルバートは最初からアンを「女の子」として意識していた?

『赤毛のアン』には様々な名場面がありますが、第15章の「にんじん事件」は、アンとギルバートの最悪の出会いがユーモアたっぷりに描かれている人気の高い場面です。

授業中、ギルバートに赤毛をからかわれブチ切れたアンが、ギルを石板でぶっ叩いてお見舞いするのです。全38章の中でもハイライトとなるエピソードです。

孤児アンが男の子と間違ってカスバート家にやってきて、マシューとマリラ兄妹に引き取られ、家族となるところまで描かれたところで、第15章では一転して、恋の始まりを予感させます。

この章を読めば、アンとギルバートがカップルになるだろうということは誰もが予想できます。赤毛をからかわれたアンは「ギルバートとは一生口を利かない」とカンカンになって怒っていますが、最悪の出会いをした2人が喧嘩を繰り返し、気が付いたら愛していたという展開は、ドラマや少女漫画でもお約束の黄金パターンです。

それにしても、ギルバートはろくに話もしたことがない新入生のアンをからかおうなんて、結構なやんちゃですよね。しかも、授業中、通路を越えてまで手を伸ばして赤毛を引っ張るなんて、かなりやり手です。自分は頭がよくてモテることを分かっている、自信満々のいたずらっ子を想像します。

この場面から、筆者モリコは、ギルバートはアンのことを一目見た時から「可愛い」と思っており、女の子として意識していたと深読みしました。

 

第15章を読むと、授業中、ルビー・ギリスの金髪のおさげを椅子の背もたれにピンでとめようとして遊んでいます。過去には、ダイアナも黒髪を「からす」と言ってからかわれたようですよね。

でも、ジョーシー・パイやジェーン・アンドリュースをからかったという話は出てきません。ダイアナが言う「いたずらして、さんざんな目に遭わせる」のは可愛い女の子限定なのです。この時、ギルバートは14歳。好きな女の子に構いたくてちょっかいを出す、まさに中二男子です。

しかも髪をからかったりいたずらしたりするということは、ずばり彼女の髪を触りたいわけです。にんじん事件では、顔をチラ見した程度のアンの三つ編みを「引っ張って」います。初対面にして髪を引っ張り、触りにきているとは、なんという大胆さ。

『アンの愛情』第41章で、ギルバート本人も「頭に石板を打ち付けて割った時から君を愛していた」と告白していますよね。石板で殴られたことがきっかけで恋に落ちたとは、今流行りのあざと女子になれない、筆者のようなストレートにものを言う女子には励みになるエピソードです。ま、単なる深読みですけどね。

 

 

アンは赤毛の地位向上に貢献した?

ところで、黒髪が多い日本人には、赤毛と言われても実際どんな髪なのか、ピンとこない人も多いかもしれません。

筆者モリコも、小学4年生でアニメ版『赤毛のアン』が放送される前は、赤い髪と聞くと「魔女っ子メグちゃん」を思い浮かべていました。

アンはダイアナのような黒髪に憧れていますが、「黒髪なんて平凡。赤い髪の方がおしゃれでカッコいいのに」と思ったものです。平均的な地方都市の女子小学生だったというわけですな。

『赤毛のアン』の原題は、Anne of Green Gables(グリーン・ゲイブルズのアン)。訳題に「赤毛」が入るのは恐らく日本語訳のみと思われます。ジャッキー・コリス・ハーヴィー『赤毛の文化史──マグダラのマリア、赤毛のアンからカンバーバッチまで』(北田絵里子訳、原書房、2021年)によると、「赤毛」というワードにはあまりいいイメージがないようなのです。

前田三恵子訳『赤毛のアン』(国土社、1977年)のあとがきによると、アンがヒットしたことで、モンゴメリに赤毛の女性から感謝のファンレターが届くようになったとか。

日本でも、今でこそカラーリングが一般的になり、髪を赤やピンクに染めてもおしゃれとして受け入れられるようになりました。2000年代より前の時代には、東京であっても、髪を少し明るい色にしているだけで「水商売の人」と決めつけられたように記憶しています。

前出『赤毛の文化史』によると、赤毛差別の歴史は長く、古くは、赤は血の色であることから、赤毛の子どもは生理中の性交によってできた子という、まったく科学的根拠のないそしりもあったようです。

赤毛をからかわれたアンがギルバートを石板で殴ったのは、それまで偏見の目で見られてきた多くの赤毛の女性たちにとって、胸がすく場面だったのではないでしょうか。また、赤毛の少女が孤児から家族を持ち、最後には一家の家長となっていくことを予感させる画期的な結末は、赤毛の地位を向上させる一翼を担ったのではないかと深読みしました。

アンとギルバートの恋のきっかけが赤毛だったとしたら、赤毛はアンが両親から受け継いだ幸福の遺伝だったのかもしれませんね。ま、単なる深読みですけどね。

 

参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。

Twitter:モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!ID @names_stories