赤毛のアンのお茶会 第25回

2022年2月15日

第25回 なぜアンは、マリラが呆れるくらいおしゃべりなのか?

南野モリコ

いつも『彩マガ』をお読みいただき、ありがとうございます。当コラムの連載もついに3年目に突入しました。腹心の友アンについて深読みし出したら止まりません。今月も熱いお茶を傍らに気楽にお読みください。寒い夜は、濃いミルクティーにスコッチウイスキーをたらして温まりながら。

イラスト:夢野みよこ

アンがおしゃべりなのは、孤独を埋めるため

L・M・モンゴメリ原作『赤毛のアン』は、結婚せずに年をとった兄妹マシューとマリラが、農作業を手伝わせるために孤児院から男の子を引き取ろうとしたのが、間違って女の子がやってきたところから物語は始まります。

舞台はカナダのプリンスエドワード島。マシューとマリラが暮らすのは、アヴォンリー村でグリーン・ゲイブルズ(緑の切妻屋根の意)という屋号で呼ばれる、果樹園や酪農を営む農場です。

男の子と間違って送られてきたアン・シャーリーは、交ぜ織り生地の風変わりな服を着た、赤毛でやせっぽちでそばかすだらけというインパクトたっぷりのルックスの上、しゃべり出したら止まらない、規格外のキャラクターです。

バッジ・ウィルソン著『こんにちはアン』(新潮社、2008年)では、アンがおしゃべりになった理由が描かれています。

生後2ヵ月で両親を熱病で亡くし、トーマス家、ハモンド家に引き取られますが、それは子どもとして愛され養育されるためではなく、子守りとして雇われたのでした。

『こんにちはアン』は『赤毛のアン』のスピンオフ作品ですが、話したくて、話しかけても返事をしてくれる相手もいない、ガラスに映った自分を友だちと見立てておしゃべりする「ごっこ遊び」を思いつくくだりは、同じ作者が書いているのではないかと思うくらい、作品の魂を受け継いでいますね。

まだテレビもラジオもない時代、話し相手がいなければ、自分の周りに人の声がすることもなく、アンはいつも「究極の静けさ」の中にいたのだと思います。明るく利発なアンが寂しさを埋めるために「自分でしゃべっちゃえ」と思いついたのは、ごく自然なことだと深読みしました。

それはマシューとマリラも似た境遇だったのかもしれません。

『赤毛のアン』第1章をみると、アヴォンリー村の多くの家が村の街道(人通りの多いメインストリート)沿いにあるのに対し、グリーン・ゲイブルズは街道から分かれた小径の先という、少し離れたところにあります。カスバート兄妹の父親が無口で内気な性格であり、人づきあいを避けるように、開墾した土地のいちばん外れにグリーン・ゲイブルズを建てたからです。マシューとマリラも、村の人間関係から少し隔たりがある場所で、農業に従事する静かな生活をしてきました。

ジェリー・ブートのような使用人を雇っていたとしても、農作業に精を出している間は限られた会話しかない環境で長いこと生活してきたのです。

『赤毛のアン』はアンの成長物語であると同時に、マリラという大人の女性の成長物語でもあります。マリラを成長させるためには、マリラと真逆の資質を持った人物を投入するしかありません。

本質的には似たものを持ちながら、生きる喜びを全身で表現しているアンとすでに老後に備えているマリラ。アンをおしゃべり好きな少女として描いたのは、グリーン・ゲイブルズに住んでいながら、マリラの生活をありえないくらい激変させるためではないかと深読みしました。マリラにとってアンは、今で言えば明石家さんまさんみたいなものでしょうか。
アンがいないグリーン・ゲイブルズは「無音」だった?

久守和子著『〈インテリア〉で読むイギリス小説──室内空間の変容』(ミネルヴァ書房、2003年)によると、イギリス他欧米で室内を飾る〈インテリア〉の習慣が生まれたのは、蓄音機やラジオが普及する以前の、室内に音が一切ない「無音」状態の恐ろしさを紛らわすためだったようです。

男の子と間違ってグリーン・ゲイブルズにやってきたアンをどうしようか、途方に暮れたマリラは、とりあえずその夜は2階の切妻部屋で寝かせることにします。

「白塗りの壁は痛々しいほど何の飾りもなく、目に染みるくらい白く」、「床も板がむき出し」で「部屋全体が言い表せないくらい厳めしく」アンが「骨のずいまでふるえあがった」のは、そこが全くの無音の世界だったからと深読みできます。

マリラやマシューが暮らす1階の居間やキッチンは居心地よく整えられていたのでしょうが、テレビもラジオもなく、人が行きかうアヴォンリー村のメインストリートから離れたグリーン・ゲイブルズの暮らしは、長いこと限りなく「無音」に近かったのでしょう。

そんな静かな生活に突然、生きた人間スピーカーのようなアンがやってきたのですから、いかにマリラのペースが狂いまくったか想像がつきます。

しかし、やがてアンもティーンになる頃には「大切なことは言葉にするより胸に秘めている方が素敵」だと気が付いていきます。アンが持つ「音」とマリラの「無音」が紅茶にミルクを入れるように混ざりあい、血の繋がり以上の絆が生まれたのでしょうね。ま、単なる深読みですけどね。

参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

[ライタープロフィール]

南野モリコ

『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。

Twitter:モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!ID @names_stories
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