赤毛のアンのお茶会 第21回

2021年10月15日

第21回 なぜマリラはステイシー先生の教育に批判的なのか?

南野モリコ

モンゴメリ原作『赤毛のアン』について、自由気ままにつぶやくだけのコラム、第21回となりました。皆さん、ドラマ『アンという名の少女』観てますよね。筆者モリコは、マリラのセリフの訳し方に興味津々です。原作本やアニメとは違い「ですます調」で話すマリラ。語尾が変わるだけで随分と現代的なマリラになっていると思いませんか? 「ふーん、へえー。そういう見方もあるのねぇ。スモモのケーキでも食べよ」と言いながら、今月も気楽にお読みください。

イラスト:夢野みよこ

アヴォンリー村校に初めて〈体育〉を取り入れたステイシー先生

さて、アンの天敵、フィリップス先生と(不覚にも)涙の別れをした後、第22章で、アヴォンリー村校に女性教員が赴任するニュースが聞こえてきます。アンにクイーン学院へ進学することを勧めたミュリエル・ステイシー先生です。アラン牧師夫人に続いて村の子どもたちを正しく導き、アンのよき理解者となっていくことを予感させます。

リンド夫人が、「アヴォンリーに女性の先生を頼んだ覚えはない」と言っているところからして、村で初めての女性の先生なのでしょう。流行りのパフスリーブを着ているということは、都会的で洗練された女性に違いありません。

教科書に書いてあることを覚えさせるだけのフィリップス先生と違い、野外授業をおこなったり、作文のテーマを自由に選ばせたりするところから、ステイシー先生は自分の目で見て考え、本物に触れる教育を志しているようです。赴任して早々、学芸会を提案するところからも、経験に基づく自信、そして子どもたちへの愛情が感じられます。親戚のコネでアヴォンリー村校の教職に就いたフィリップス先生よりずっと裕福で進んだ考えの家庭で育ったのだろうと筆者モリコは深読みしています。

それが分かるのが、授業に〈体操〉を取り入れていることです。山村明子著『ヴィクトリア朝の女性たち ファッションとレジャーの歴史』(原書房、2019年)によると、学校教育が義務化されたのは、1870年代のイギリス以降のこと。体育教育もその頃から始まり、女子教育においても〈スポーツ〉が新しい教育として取り入れられました。

『赤毛のアン』の年代は明記されていませんが、1880年代後半から1890年代にかけて。ステイシー先生は体育教育を受けた最初の女性だったかもしれませんね。
マリラは、ステイシー先生に「アンを盗られる」と思ったのかも?

ステイシー先生を崇拝しきっているアンは、「体操は、食べ物の消化を促進して、体にいいのよ」とステイシー式授業の様子を話しますが、マリラは変に批判的です。体操についても「促進とはね」と皮肉っぽくつぶやきますが、その理由も「体操などはくだらない」とはなから思っているとしか説明されません。

これまでもマリラは、アンが何かに夢中になる度に「また興奮して」「今度は何だい」と冷静なツッコミを入れてきましたが、ステイシー先生に対してはやや感情的なような気がします。パフスリーブの服を欲しがるアンに「虚栄心を増長させるだけ」と言うのに比べて、体操をくだらないと言うのは、「私がくだらないと思っているからくだらないんだよ」と言っているだけでしかなく、理由として弱い気がします。

「女の子はその必要があってもなくても、自分で稼げた方がいい」という独自の考えを持つマリラが、体操を理論的に批判しないのは、彼女らしくない気がします。学芸会もいい顔をしませんでした。結局はマシューとふたりでアンの熱演を観に駆けつけるのですが、それも「気が済んだから行く」という、子どものわがままのように思えます。

フィリップス先生の時には「先生を悪く言うものじゃない」とアンを叱ったこともあるのに、なぜマリラはステイシー先生に批判的なのでしょうか。

アラン牧師夫人、ステイシー先生という心の同類が二人もでき、アンの人生は上向いていきます。アンが頼れる大人はマリラだけではなくなったのです。

もしかしたらマリラは、ステイシー先生に「アンを盗られた」ような気がしたのではないでしょうか?

フィリップス先生の時には「にんじん事件」を起こし、不登校宣言までしたのに、ステイシー先生の言うことは何でも聞き入れ、どんなに小さなことでも正しいと信じ切っているのです。アンが頼れる大人は自分たち兄妹だけだと思っていたのに、いつの間にか生きる世界を広げている。そんな寂しさが湧き上がってきたのだと思わずにいられません。

第33章で、マリラがアンにクイーン学院に進学して先生になる気はないか確かめる前に、「空想にふけるアンを愛おし気に見つめる」時間があります。編み物の手を休め、マリラは自分の気持ちを整理していたのではないでしょうか。

農場を手伝うために男の子を引き取ろうとしたのに、やってきたのは女の子だった。グリーン・ゲイブルズに置いて欲しいと必死で頼んだ小さな女の子の成長と、老いていく自分。ま、単なる深読みなんですけどね。

参考文献
モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

[ライタープロフィール]
南野モリコ
『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。
Twitter:モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!ID @names_stories
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