耳にコバン 〜邦ロック編〜 第22回

第22回「不器用パンク」

コバン・ミヤガワ

 

「不器用」ってズルい言葉だ。

人のおおざっぱさや適当な一面を「不器用なので」という一言で済ませる危うさがある。それを言うなら「ガサツ」と言うべきだろう。

不器用とガサツは違うのに、ガサツなことを不器用ってごまかす人は少なくないと思う。不器用って言葉ほど器用なものはない。なんて便利な言葉だろうと思う。

高倉健が「自分、不器用ですから」の一言で有名になったけれど、まさしく彼こそが不器用ってコトなんだ。寡黙な人柄と役柄が、客観的に見て「不器用」という言葉にピッタリだったのだと思う。本当の高倉健が不器用かどうかは分からないが、けっしてガサツな人ではないだろう。不思議とそんな確信があるよね。

 

逆に典型的な「ガサツなヤツ」もいるわけで。友人の話を少しだけ。

ある年の大晦日。ボクは高円寺の彼のアパートで他の友人と4人で過ごしていた。お酒が好きな彼は、家に何種類ものウイスキーを常備している。

いくらか酒を飲んでほどよく時間が経った頃、彼は「いいウイスキーがあるんだ」と、バーでしか見かけないような、砂時計のかたちをしたメジャーカップと持ち手がグルグルに捻られたバースプーンを取り出し、キッチンでやればいいものを、わざわざボクらの前でハイボールを作り始めた。

出来上がったハイボールにはオレンジの皮が入っていて「お、洒落ているじゃないか」なんて言いながら飲み始めた。そのハイボールはすごく美味しくて、楽しく大晦日の夜は更けていった。

それからしばらく飲み続け、あと30分くらいで新年を迎える頃。フラフラっとボクはお茶を取りにキッチンへ向かい、冷蔵庫を開いた。お茶を取り出し、ふと横を見るとタッパーに入った何かが見えた。

見るとオレンジの皮だった。「あ、さっきハイボールに入れてくれたやつだ」「いやぁ、気が利くねぇ」なんて思って見てみると、なんだか黒いポツポツが見える。

よく見ればそのオレンジの皮はカビが生えているじゃないか。

「ほーん……」

その時は何も考えず、静かに冷蔵庫を閉めてリビングへ。変わらずみんなが馬鹿な話をしている。みんなと談笑をしながらも、脳内をチラつくのは、あのカビの生えたオレンジの皮のことだった。

たしかに冷蔵庫のオレンジにはカビが生えていた。そしてボクの飲んだハイボールには、オレンジの皮が入っていた。「気が付かなかったのかも」とも思ったが、しっかりカビていたので、そうは考えにくい。ハイボールの中の皮は一見普通だったので、おそらくカビていないところを入れたのだろう。

「まぁ、美味しかったからいっか」と自分に言い聞かせる。餅だってカビてるところを取り除いて食べたりするじゃあないか。お腹は壊さないだろう。変なものを食べてもいっさいお腹を壊さないのがボクの強みだ。

しかしフツフツと思いが募る。

「……とは言っても!!!」

ナマ物であるオレンジがカビてたらそれはもうアウトやろ!

美味しく飲んでもらいたいという思いは本当にひしひしと伝わってくるが、このツメの甘さ! ガサツ!

カビてたら普通入れないのよ! アンパンマンでもカビは悪者なんだよ! 見つけてしまったボクにも非があるけれど、とは言っても!

彼のためにも言っておくが、彼は良いやつである。ガサツだからといって嫌いなわけではない。むしろ好きだ。楽しい男だし、話も合う。ただガサツな男なのだ。

ボクに残ってしまったのは「カビを飲んだかもしれない」というちょっぴり胃がムッとする感覚だった。ある年末はこの「大晦日オレンジ事件」とともに幕を閉じたのだった。

 

後日「あれ、カビてたよね?」と彼に言ったら、笑いながら、

「いやー、ごめんごめん。俺、不器用だからさ」と。

さすがに食い気味に言ったね。

「いや、君はガサツなんじゃっ!!」

不器用って器用な言葉。

 

 

寡黙な人に「不器用」という言葉がふさわしいとすれば、日本人は不器用な人が大半ということになるのではないだろうか。思っていることや本音がなかなか言えない国民性は「不器用」と呼べなくもない。

だからこそ、邦ロックは洋ロックに比べて、想いの全てを恥ずかしいまでにさらけ出した曲が多いと思う。歌でなら伝えられる想いというのは絶対にあるのだ。

そんな「不器用」なバンドを紹介したい。

 

ガガガSP。

 

2000年代初頭の「青春パンク」ブームを牽引したパンクバンドである。

ガガガSPの曲は、本当に不器用。こうでもしないと想いをぶつけられないようである。不器用で愚直。だからこそストレートに心に刺さり、かっこいいのだ。

特にガガガSPの魅力が光るのは、恋愛ソング。恋愛というより失恋ソング。

失恋ソングを歌わせたら、ガガガのパンクはピカイチである。

いちばん好きな「国道二号線」という曲の歌詞を見ていきたい。「国道二号線」の歌詞は、切なく不器用で、でも元気をくれる。そんな曲である。

 

僕のものさしでは多分君を、測ることはできなかったんだろう

昔、君が住んでた国道二号沿いに僕は来ています

しょうもない事で僕が君に、疑いばかりをかけてた事が

ここに来ると、自分のバカさが改めて痛感できます

 

君はあれから、どんな思いをしながら生きているのでしょうか

僕は多分、次の彼女ができるまで多分君の事が好きでいると思う

 

あぁ君よ幸せになれ やっと僕は素直に思えた

国道二号線を見て、やっと僕は素直になれた

今日は君とよく行った、ラーメン屋にでも行って帰るとするよ

 

君と付き合えたあの日の事は、僕は多分一生忘れられないだろう

なんせ僕の人生で、初めて自分の力で動いていけたと思うから

思い出になってしまった事は、月日が経つにつれ美化されるから

これからもっと君との出会いを、素晴らしかったと思うに違いない

 

人と人が分かり合うなんて、ありえないと思ってた僕を

百二十度ぐらい変えてしまった君は、僕の心の本当に偉人でした

 

あぁ君よ幸せになれ やっと僕は素直に思えた

国道二号線を見て、やっと僕は素直になれた

でも、やっぱり次の彼女ができるまで君が好きだろう多分

 

国道二号線の、風景はあの頃と同じで

僕は久々にここに来たら、なんかホッとしてしまった

君よ幸せに二号線の道のりのように長い人生を

 

 

どこまでもどこまでも、まっすぐな歌詞。ここまで自分をさらけ出せる。いや、さらけ出さざるを得ないと捉えたほうが正しいのかもしれない。うーん、不器用!

特に好きなのは「でも、やっぱり次の彼女ができるまで君が好きだろう多分」の部分。これを歌にできることがどれだけすごいことか! 男の情けなさとでも言うべきか、ホントのホントの本音の吐露なのだ。

「多分」をつけているあたりがなんとも男臭い強がりで、しびれるのだ。

こんな歌詞を書くのは本当に勇気が必要だし、カッコいいワケです。

謙虚さの弊害とでも言おうか、あまり本音を伝えない日本人にとって、この歌詞は恥ずかしいまでにさらけ出している。普段こんなことは言えないだろう。パンクの激しいサウンドにここまでの歌詞をのせる。海外のパンクではまず見られない特徴だと思う。ある意味「日本らしい」歌なのだ。

どこまで自分の情けなさをさらけ出せるか。

これってロックの本質なのかもしれない。

ボブ・ディランがそうやってロックに革命を起こしたように。

不器用な人はどうしてこうもかっこいいのか。

2000年代前半の青春パンク。ガガガSPの他にも、ロードオブメジャー、サンボマスター、GOING STEADYなどのバンドも是非オススメです。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ

1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa