僕がゲイで良かったこと 第6回

第6回 僕がゲイであること②

平良愛香

僕は自分を「男性」だと認識しているけど、その理由は分からない。確かにペニスはあるし、第二次成長期には声変りをし、髭も生えてきた(今でも口髭と頬髯とアゴ髭を蓄えています)。でもそれだけで、「男性」だと規定できるのだろうか? だって、自分を「女性」だと認識しているけどペニスがあって、放っておくと髭が生えてくるトランスジェンダーの人たちもいるのですから。(なので、「ペニス」を無批判に「男性器」と訳せないこともある。)

しかも、前回述べたように、地球上には「男」と「女」の2種類しかいないわけじゃない。多様なグラデーションがある。にもかかわらず、「僕は自分が男だと感じる」し、「男性に性的に惹かれる」と言い切れるのは、不思議としか言いようがない。

もっと突き詰めるなら、僕は男性に対して恋愛感情と性的な感情の両方が向くが、人によっては、恋愛感情と性的指向は必ずしも一致しないという人もいます。例えば「恋愛感情は男女の両方に向くけど、性的な感情は男(もしくは女)にしか向かない」という人もいれば、逆に「恋愛感情は女(もしくは男)にしか向かないけどセックスはどちらとも楽しめる」という人もいる。さらに、「恋愛感情抜きでセックスができる」という人もいれば、「恋愛感情がないとセックスしたくない」という人、「恋愛感情はあるけどセックスは嫌い」という人など、実に様々なのです。恋愛や性的な方向性って本当に十人十色、100人100色なのに、「恋愛も性的指向も同じ方向」というのは、当たり前のようで、実は当たり前じゃないのかもしれない。あるアセクシュアル(性的指向が男性にも女性にも向かない人)の友人は、「恋愛感情は7対3で女性にも男性にも向くけど、性的な接触をしたいとは全く思わない」と話してくれた。本当に人間って面白い。

ある場所で講演をしたとき、フロアーから「平良さんは『体が男で性自認が女の人』と『体が女で性自認が男の人』のどちらに惹かれますか」という質問を受けたことがある。アホな質問だと思った。そういうアンタはどちらに惹かれますかと聞き返せばよかったと少し後悔している。でも改めて考えてみると、僕は「体が男で性自認が女の人」と「体が女で性自認が男の人」、どちらも恋愛対象・性的な対象として見ていないなあ、と気づいた。僕が好きなのは「性自認が男性で、ペニスなどの『男性の身体』を持っている人」なのかもしれない。そして、たまたま性的指向が男性に向いているけど、それは、男なら誰でもいい、と思っているわけではないということでもある。ちゃんと好きなタイプがある。相手に髭があると、なおそそられる。ということは、僕が男の人を好きだというのは、ただの「好み」の話と言うこともできるのかもしれない……。

かつて、同性愛の説明をするときに、「性的志向が同性に向いていること」と書かれていた。それに対し、「性的な感情が同性や異性に向いているのは、自分の意志ではなく、そなわっている方向性(orientation)であるから、「志向」という漢字を使うのは不正確である」という訴えがあり、sexual orientationの訳語として「性的指向」が使われるようになった。多くの辞書が書き換えを行った。とても正確な表記になったと思う。しかしその反面、この字は「同性愛は自分の意志で変えられるものではないのだから仕方がない」「本人の意志で選んだものじゃないのだから差別してはならない」といったニュアンスを生んだ。待てよ? 自分の意志で変えられるなら変えるべきなの? 自分の意志で同性愛者として生きることを選んだのだとしたら、差別されても仕方がないの?

今から27年前、親にカミングアウトをしたとき、こう尋ねられた。「それは治らないの?」

僕はこう答えざるを得なかった。「治る・治らないという表現だと、異性愛が正常で同性愛が異常だという前提になってしまうので、その質問には答えられない。でも異性愛に変わる可能性がないのか、という質問なら答えられる。異性愛に変わる可能性は無いと思うよ。もう25年近く同性愛者として生きて来た。万が一今から変えられるとしても、もう変えたくないと思っている。これは自分の大切な部分、自分の大切なセクシュアリティだから。」

「性的志向」と書いてしまうと、自分の意志で選んだように誤解されるので、「性的指向」とどの辞書も表記するようになった。でも考えるのです。「もし変えられるとしても、このまま変えたくない」と思った場合、そこには自分の意志が入っている。そんな説明ができる場であれば、「性的志向」と使ってもいいのかもしれないな、と。さらに言えば、「男なら誰でもいいと思っているわけじゃないんですよ」ということを説明するために、ときどき間違って使われる「性的な嗜好」という表記も、あながち間違いではないのかもしれない、とすら思う。

僕はゲイであることを謳歌しています。それは「自分は何者だろう」という疑問と、考えれば考えるほど自分に興味が生まれる、という楽しみでもあります。

次回は、ゲイであることのメリット・デメリットについて書いてみようかな、と思っています。お楽しみに。

[ライタープロフィール]

平良愛香(たいらあいか)

1968年沖縄生まれ。男性同性愛者であることをカミングアウトして牧師となる。
現在日本キリスト教団川和教会牧師。