日露戦争の裏側“第二の開国”

日露戦争の裏側“第二の開国”

日本列島に上陸したロシア軍捕虜七万人
大熊 秀治/著
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発売日 : 2011/2/21

書名カナ ニチロセンソウノウラガワダイニノカイコク
判型/製本 A5/並製
ページ数 264
ISBN 978-4-7791-1604-9
Cコード 0022
明治37~38年、全国29ヵ所の収容所に72,000人のロシア兵が溢れた! 各地に移動する捕虜(外国人)を初めて見る民衆の反応、脱走事件や郭通い、捕虜祭りなど、地元の異文化体験の姿を僅かに残る資料をもとに描く。現在の写真と当時の写真、150余点を収録。大熊 秀治978-4-7791-1604-9日本列島に上陸したロシア軍捕虜七万人
目 次 

序 章 検疫所、似島を訪ねて……………………………………………………………………………… 9

第一章 国際舞台を意識して──捕虜対策………………………………………………………………… 15
 「恐怖」と外国人接触の未体験列島   求められた捕虜対策   捕虜の受け入れ 
 急増する捕虜   戦争終結と捕虜送還   捕虜収容所の開設地ついて

第二章 捕虜がやってきた──最初の収容所・松山……………………………………………………… 33
 初めてのロシア兵捕虜を迎えた松山   捕虜の取り扱い方  
 日本人の見た捕虜とロシア人の見た日本人   捕虜たちの生活  
 捕虜たちの日々  〝ショーウインドウ〟としての松山

第三章 なだれ込む捕虜──軋轢と〝交流〟と…………………………………………………………… 49
 のどかな収容所からの脱走事件   旅順陥落による捕虜たちの到着   異色の捕虜たちと訪問者

第四章 開戦当初から決まっていた丸亀・善通寺………………………………………………………… 57
 受け入れ準備と多数の訪問者   誘致運動もあった収容所設置  
 水不足の収容所   終戦後の〝思わぬ出来事〟

第五章 汽車輸送の始まり──姫路・福知山……………………………………………………………… 67
 四国から本州への第一歩   収容所増設要請   続出するトラブル 
 住民七人のうち一人が捕虜という福知山だが……   残留捕虜四〇三名、二つのエピソード

第六章 〝将軍の館〟──名古屋、静岡そして豊橋………………………………………………………… 81
 福知山収容所のバックアップのはずが……   詰めかける将官たち   さまざまなエピソード  
 ロシア正教会の支援活動   冷静に受け入れた静岡   はっきりしない収容所?  
 捕虜から送られた火事見舞金   収容所開設を望んだ豊橋   収容所間の格差

第七章 旅順開城への緊急対応策──堺浜寺、大阪、大津、京都……………………………………… 103
 追われる収容所設置   第一陣到着   収容所での生活   騎兵が出動した大騒動や逃亡事件
 再来日で骨を埋めた捕虜タラーセンコ   拡大する収容所──自由散歩の大阪は名所観光?
 請願書を出した大津の収容所   寺院を利用した京都

第八章 増える捕虜──山口、福岡、小倉、久留米、熊本……………………………………………… 123
 検疫所も急遽収容所を併設   捕虜実益論と反優待論   二転三転した山口収容所、縮小に無念の声も
 検疫所大里に収容所設置の下命   中洲にも置いた福岡の収容所   自炊拒否や脱走騒動   
 小倉収容所、脱走事件二件   「日露国際柔道大会」も開かれた久留米収容所   
 全国三番目の大収容所──熊本  帰国を控えて革命派と皇帝擁護派との確執

第九章 とまどう城下町──金沢、敦賀、鯖江…………………………………………………………… 155
 軍都金沢への面目を賭けて……   脱走騒ぎと郭通いと   数奇な再会  
 ロシアに開かれていた町・敦賀   こじんまりした鯖江収容所

第一〇章 箱根を越えた捕虜たち──習志野、佐倉、高崎……………………………………………… 169
 原野の習志野にバラック七五棟を建設    “陸の孤島”の収容所、見物人が押し寄せる
 捕虜間の抗争と伏せられた脱走事件   習志野のバックアップ、最初の閉鎖収容所・佐倉
 豊かな娯楽文化施設をも利用した高崎収容所

第一一章 奥羽列藩同盟の地にも──仙台、弘前、秋田、山形………………………………………… 185
 松山を視察して万全を期した仙台   新たな〝お客さん〟   〝友好〟キャンペーンの結果は……
 樺太攻略作戦による非戦闘員と捕虜の受け入れ   民家を使用した弘前収容所   多様な人間模様   
 「俘虜の分送を望む」秋田   樺太将校団のみの収容、山形  

第一二章「収容所」ではなけれど——長崎・稲佐………………………………………………………… 205

終 章 捕虜送還──七万二〇〇〇名の遺したもの……………………………………………………… 211

あとがき………………………………………………………………………………………………………… 225

附 主要関係規則/俘虜捕獲戦場と人員数・収容所俘虜人員数・刑罰者数・死亡俘者数…………… 229
 
参考文献………………………………………………………………………………………………………… 253

                 
大熊 秀治
元東京新聞ニューデリー、モスクワ特派員、論説委員。日本記者クラブ会員。訳書に『赤い帝国崩壊への道』(フョードル ブルラツキー(Fyodor Burlatsky)著、大熊 秀治 訳、東京新聞出版局、1992年)、『ゴルバチョフの謎』(エゴール・クジミッチ リガチョフ著、大熊 秀治 訳、東京新聞出版局、1993年)などがある。