われらが革命 1989年から90年

われらが革命 1989年から90年

ライプチッヒ、ベルリン、そしてドイツの統一
エールハルト・ノイベルト/著 、 山木 一之/訳
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発売日 : 2010/6/22

書名カナ ワレラガカクメイセンキュウヒャクハチジュウキュウネンカラキュウジュウネン
判型/製本 A5/上製
ページ数 598
ISBN 978-4-7791-1522-6
Cコード 0022
1989–90年のドイツの統一への道を、社会的背景、独裁の存在、東ドイツの反対派の形成と党への脱皮など具体的なプロセスと多数の詩やブラックジョーク、流行歌なども引用、東ドイツの市民の心の動きを描きながら著者を含む反対派の群像を活写する。【在庫僅少※汚れ・キズ等の可能性がございます】エールハルト・ノイベルト山木 一之978-4-7791-1522-6ライプチッヒ、ベルリン、そしてドイツの統一
刊行にあたって……………………………………………マルクス・メッケル/ライナー・エッペルマン

第一章・もろい寄木細工──建国四十年を迎えた東ドイツ
  一 東ドイツ的な社会主義
  二 社会主義と神経システム
  三 混乱する党の文化政策
  四 トロイの木馬の役割を果たす教会
  五 力を得た反対派活動家
  六 東ドイツから逃避していく人たち
  七 西ドイツが取ってきた対東ドイツ政策と東ドイツ神話
  八 社会主義体制を守るための党の決断

第二章・多くの住民の前で戦わされるようになった党と反対派との対決
  一 一九八九年九月――異様な雰囲気
  二 綻びの始まった党の包囲網
  三 新しい反対派集団の旗揚げ
  四 党の指導を拒否する住民
  五 ライプチッヒの街頭闘争――初めてのデモ

第三章・開かれた窓──一九八九年一〇月からベルリンの壁崩壊まで
  一 革命の序曲──十月二日から八日まで
  二 運命の日──十月九日(月曜日)、ライプチッヒ
  三 一歩退いた党と党との対話を拒否した市民
  四 コントロールを失った社会
  五 膨大な対外債務と東ドイツを捨てる人の波
  六 新しい政党と市民運動──制約下での活動
  七 混乱する社会主義統一党
  八 人権支援から介入政策へ転換した西ドイツ政府
  九 後手に回る党中央委員会会

第四章・多くの人たちの渇望──ベルリンの壁崩壊から一九九〇年一月まで
  一 ベルリンの壁崩壊
  二 我々は一つの国民である――権力闘争の激化
  三 モドロウ首相が指導する政府の成立
  四 国民保安局(旧国家保安省)を占拠した市民――燃え上がった怒り
  五 円卓会議の立ち上げ
  六 新しいアイデンテティーを求めて
  七 一九八九年秋──新しい社会の誕生
  八 東欧政策から両独間政策へと舵を切った西ドイツ
  九 社会主義統一党の復権を目指した動きとそれを打破した一九九〇年一月革命

第五章・苦悩を増す社会とそれからの解放を目指した選挙──一九九〇年一月から五月まで
  一 狭い舞台の両独間政策論争
  二 ドイツ問題で国際舞台に登場した西ドイツ
  三 市民を代表するのは誰か――様々な政党や組織の発展
  四 最初で最後の自由な人民議会選挙――三月十八日
  五 初めての自由な地方議会選挙――五月六日

第六章・東ドイツの終焉とドイツの統一
  一 経済・通貨・社会同盟条約の発効――七月一日
  二 凋落していく東ドイツの社会
  三 歴史に基づいた州の再編成
  四 変革を経た東ドイツの議会制度と政治
  五 統一されたドイツ

おわりに

訳者あとがき

参考文献一覧

人名索引
エールハルト・ノイベルト
Ehrhart Neubert 1940年、ヘルシュドルフ(旧東ドイツ)で牧師の家系に生まれ、イェーナ大学神学部で学ぶ。牧師として活動するかたわら、1979年には東ドイツの平和運動に参加。1989年に設立された政党「民主主義の出発」で副党首。その後、「社会主義統一党の独裁を検証するための連邦基金」専門委員を務めたあと、独裁の犠牲になった人たちを支援するための相談室の室長。東ドイツの独裁政治を告発する様々な著書を発表している。
山木 一之
1974年、岡山大学中退、外務省入省。ドイツ・キール大学で研修。在東ドイツ日本国大使館、在フランクフルト総領事館などに勤務。2005年、病気のため退職。ドイツ関係のアクチュアルなテーマの翻訳に従事。訳書にテオ・ゾンマー『1945年のドイツ瓦礫の中の希望』(中央公論新社、2009)、ハンス・テートマイヤー『ユーロへの挑戦』(国際通貨研究所監訳、京都大学学術出版会、2007)がある。