ドイツ市民悲劇とジェンダー

ドイツ市民悲劇とジェンダー

啓蒙時代の「自己形成」
菅 利恵/著
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発売日 : 2009/2/16

書名カナ ドイツシミンヒゲキトジェンダー
判型/製本 四六/上製
ページ数 264
ISBN 978-4-7791-1412-0
Cコード 0098
18世紀半ば、ドイツ語圏に登場した「市民悲劇」——「家庭崩壊」のドラマに男女のアイデンティティ構築をめぐる問題を読み取り、「近代市民社会」形成の過程をとらえなおす。40余りの劇作品を「家族・成長への志向・ジェンダー・未熟さ」のキーワードで読む。菅 利恵978-4-7791-1412-0啓蒙時代の「自己形成」
■序章
4つの視座——「家族」、「成長への志向」、「ジェンダー」、「未熟さ」
本書の構成

■第1章 市民悲劇——新しい言説空間の登場
1 市民悲劇と自己形成の主題
2 市民悲劇の展開
3 市民悲劇の間テクスト性

■第2章 啓蒙時代における自己形成——家族を基盤とした自己像
1 男性の活動基盤としての家族/家庭
2 女性の存在根拠としての家族/家庭
3 家族関係の情愛化——自律的自己像の担保としての情愛家族

■第3章 「父親」から「息子」へ——男性像に込められた自己形成の問題とその変化
1 父親像にみる男性的成熟の困難
1・1 啓蒙時代における「父権」のゆらぎ
1・2 「父」の迷い
1・3 「愛」という名の枷
1・4 「優しい父」を目指して——レッシング『ミス・サラ・サンプソン』(1755)の父親像
1・5 父親像にみる男性性の観念
2 新しい息子像と「未熟さ」をめぐる価値転換
2・1 反抗的な息子像——クリンガー『双子』(1776)
2・2 「未熟さ」へのまなざしの変化——新しい若者像の登場
2・3 新しい若者像における男性性の観念
2・4 新たな自己形成の限界——『双子』にみる「分裂」の問題

■第4章 「娘」か「恋人」か
——女性像を通して語られる自己形成の不可能性
1 「未熟さ」のイメージと女性
2 市民悲劇における「母」の脱落
3 女性像にみる、男性の自己形成をめぐる問題
3・1 自己分裂を抱えた娘たち——男性の自己省察
▼レッシング『ミス・サラ・サンプソン』(1755)
▼レッシング『エミーリア・ガロッティ』(1772)
3・2 恐ろしい女たち——男性の不安表現
▼グロースマン『ヴィルヘルミーネ・フォン・ブロントハイム』(1775)
▼ハルトマン『エリーゼ・ヘルフェルト』(1785)
4 女性の自己形成をめぐる問題
4・1 恋愛と女性
4・2 恋する娘の自己主張——シラー『たくらみと恋』(1784)
4・3 恋する娘のジレンマ——父親か、恋人か
4・4 恋愛の主体の没落——シュレーゲル『デュヴァルとシャルミレ』(1778)

■第5章 「成長への志向」がもたらすひずみ——レンツの劇作品にみる教育批判のまなざし
1 『イギリス人』(1777)——滑稽な「反抗者」
2 『軍人たち』(1776)——ものわかりの悪い女主人公
3 『家庭教師』(1774)——成長への志向からの離脱
4 レンツの劇作品における教育者像
5 レンツの若者像に潜む批判的意義

■終章
■劇作品年表付
菅 利恵
1971年、福岡県生れ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程満期退学、京都大学博士(人間・環境学)。現在、京都大学非常勤講師。ドイツ文学、ドイツ文化史専攻(主として18、19世紀演劇)。
著書:『ドイツ文化を担った女性たち——その活躍の軌跡』(共著、鳥影社、2008年)
論文:「もうひとつのジェンダー・イメージ——マリアンネ・エーアマンの市民劇」(『近代市民社会におけるジェンダーと暴力』、日本独文学会研究叢書第44号、 2006年所収)ほか