湘南 BENGOSHI 雪風録 第10回

  

山本有紀

 

◇1月○日

パワハラ労災事件で、被災者側の代理人として記者会見に臨む。

記者会見は人生初。非常に緊張する。

⁂ ⁂ ⁂

この記者会見は、その日のうちに複数の報道機関が写真付きで報道し、反応は大きかった。

健康な人が、その健康を害される。健康を害した行為は、社内の他者によるパワハラである。その結果として、この人は精神障害を発症する。そして会社を休まざるを得ない健康状態となり、その分の給与を受け取れなくなる。大雑把にいうと、その発生しなかった給与はその人の損害である。

報道は、パワハラを原因とする労働災害が認定されたことについて取り上げ、その人の被った具体的な損害についての言及は少なかった。報道についたコメントのほとんどは私の見る限り被災者に好意的なもので、特に、苦しい環境で耐えざるを得なかった被災者に心を寄せるものや、自分もこれに近い辛い目にあった/あっているというコメントが多かった。  

精神的に苦しい状況におかれたことそれ自体を、まずは認定されることの意義を、多くの人が感じている。

ちなみに、記事には、並んで写る先輩弁護士の名前がフルネームで掲載されているのに対し、私の名前は載っていなかった。まだ時期尚早ということでしょうか……!

 

♢1月△日

 

法律相談を受けていると、(他の請求と併せて、あるいは単独で)慰謝料の請求を希望される方が少なくない。

慰謝料という言葉は世に極めて浸透していると感じる。

⁂ ⁂ ⁂

とはいえ慰謝料という言葉そのものは、法律上明確に記載されてはいない。慰謝料とはなんなのか。

民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めている。

すなわち、①権利又は法律上保護される利益を有する人が、②その権利又は利益を誰かに侵害され、③その侵害行為がその誰かの故意又は過失による行為であって、④その結果⑤損害が発生すると、その損害についてその誰かは損害賠償責任を負う。侵害された側はこれらの点を主張し証明することで、損害相当額の支払を求める損害賠償請求ができる。

その上で、続く民法710条は「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」としている。

この民法710条がいわゆる慰謝料の根拠だ。だから前条すなわち民法709条の場合と基本的には変わらず、①身体権、自由権、名誉権、財産権といった権利や法律上保護された利益を有する人が、②その権利又は利益を誰かに侵害され、③その侵害行為がその誰かの故意又は過失による行為であって、④その結果、⑤財産以外の損害が発生すると、その損害についてその誰かは損害賠償責任を負い、侵害された側は主張と証明をもっていわゆる慰謝料として損害賠償請求ができることになる。

慰謝料の支払を相手に求めるためにはかかる過程が必要である。そのため、慰謝料を払わせるのは簡単ではない。

慰謝料という言葉が出るとき、皆心がとても傷ついている。精神的に苦しい状況におかれたことをこそ問題にされているのは報道についたコメントと同じだ。

もし民法を定めた国会や、それを運用する裁判所を動かせば、もっと慰謝料の額が上がったり(日本では上で説明したとおり生じた損害に対する救済として慰謝料が位置付けられるが、海外には生じた損害を救済するだけでなく今後の違法行為を抑止する等の目的で賠償額を大きくする国もある)、慰謝料の請求の条件が易しくなったりすることがありうるのかもしれない。しかし現状の枠組はこうだ。

慰謝料という言葉がでると、弁護士はどうしても民法710条を頭に思い浮かべてしまう。同時に、法律を道具にする仕事だからこそ、法律の枠から外れて相手方にお金を払えということはなかなかできない。慰謝料という言葉に当てられた意味を読めないと、却ってご相談者さんを傷つける結果になってしまう。この言葉は一人歩きしてなぜこんなに浸透したのやら。思い当たるのは……。


 

[ライタープロフィール]

山本有紀

1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。
大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。
神奈川県藤沢市で弁護士として働く。
宝塚歌劇が好き。

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