湘南 BENGOSHI 雪風録 第4回

  

山本有紀

 

◇7月○日

宝塚歌劇・月組「グランドホテル」の公演映像を観る。

ホテルマンのエリックが、生まれた子どもを祝福し、この子は全てを手に入れるだろう(大意)と歌うところで私は毎回泣く。登場人物は各々の(それが叶わないことが観客にはあらかじめ分かっているものもある)希望を見つけて、グランドホテルを旅立って行く。

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宝塚が大変なのである。

公演のお休みが続いている。

阪急は鉄道もホテルも百貨店も持っている大きい会社だから、きっと大丈夫という分厚い信頼と、そうはいっても多数の生徒・スタッフを抱えた、そして不急不要のエンタメである宝塚が、この状況にいつまで持ち堪えられるのかという不安がないまぜになる。

私にとって宝塚は、オットーにとってのフラムシェン、男爵にとってのエリザヴェッタあるいはその逆だ。小林一三先生どうか宝塚をお守りください。

 

◇7月△日

刑事事件判決。

被告人が実刑の判決言渡しを受けて法廷を出て行く。そのまま2年は刑務所に入る。これまではいくら話しかけても会話さえ中々してくれなかったが、最後の最後に小さく目礼をくれる。

私は違う扉を通って法廷を出、外に出る。

横浜地裁の前の通りにいろんな花が咲いている。

⁂ ⁂ ⁂

アクリル板の向こうの被疑者には、皆美しい名前がついている。

ある犯罪を犯したと疑われて、捜査機関(警察等)によって捜査の対象とされている人を被疑者と呼ぶ。被疑者の中には、逮捕・勾留される人もいる。

逮捕されてからは最長3日、その後勾留されると最長20日間、留置場という警察署(免許の更新等でお世話になるあの警察署です)内の場所で寝起きすることになる。人と会う時はアクリル板越しだ。その後、検察官に起訴されて(起訴されると呼び名は被疑者から被告人に変わる)保釈がされないと、留置場での生活は判決まで続く。

留置場での食事は3食お弁当らしい。確かに、オレンジ色のケースに入ったお弁当を提げてくる仕出しの業者さんを警察署で見たことがある。逮捕・勾留中は警察官や検察官の取調べを受けるが、検察官の取調べは検察庁で行われるため、被疑者は車で検察庁に運ばれる。この時検察庁で食べるお昼はパンとのこと。

勾留中お風呂も毎日は入れないし、スマホも見られなくなる。

普段の日常とはかなり違う生活の中で、さらに警察官・検察官から疑われて取調べを受ける。自分にとっては生まれて初めて受ける取調べでも、相手は取調べを仕事としてやっているプロだ。

やっていないことをやったと言ってしまうことまではなくても、なぜそんなことをやったのかと聞かれ、うまく説明できないな……と思っているうちに、こういう気持ちでやったんでしょうと相手から言われ、本当はそんな悪い気持ちでやったわけではないけど……うーん……言葉でどう説明したらいいのかわからないな……うーん……と考えている最中にも、こういう気持ちでやったんでしょうと繰り返し言われ、答えを急かされるとする。大抵の人はさらにうまく考えられなくなってしまって思わず、はい、と小さい声で答えてしまう。すると、その「はい」が本人の調書という形で立派な証拠になってしまうことがある。そして犯行の悪質性は、量刑を左右する。

被疑者がアウェイな状況に置かれる中で、弁護人だけは起訴前・起訴後を通じて被疑者の権利及び利益を守るために活動する。ので、もしも逮捕されたら、弁護人を呼びたい旨の意思表示を早めに、はっきり、しましょう。このとき、弁護人に払うお金がなくても問題ありません。

例えば窃盗で逮捕・勾留されたとき、被害者にきっちり弁償し被害者の納得を得られれば、起訴されずに釈放されることがある。

しかし逮捕・勾留中は本人自ら弁償しに行くことはできない。そこで、外にいる弁護人と協働して弁償を試みる他ない。

また、スマホも触れないので、今の状況を伝えておきたい人との連絡も、まずは弁護人を通さないとできない。いち弁護人としては、大事な人の連絡先(電話番号)は、ひとつでいいので暗記しておくことをとにかくおすすめします……!

弁償の話に戻るが、本人にお金があればそこから出すことがまず考えられる。その他、本人の更生を願う親類等頼れる人に、弁償の費用を立て替えてもらうことがありうる。

頼れる人がいれば、弁償の場面だけでなく、仮に刑を受けた後もその後のサポートを得て悪事に身を染めずに生きていきやすい。気持ちの面でも、周囲の信頼を二度と裏切らないと誓うことで反省の道筋がつけやすい。

他方で、自分自身にお金がないと、そして周りに頼れる人もおらず立て替えのお金も準備できないと、被害額の極めて小さな窃盗でも、起訴の方向へ進むことが多い。

今回の被疑者も、そういう窃盗を繰り返してきた、頼れる人はもういない人だった。

 

◇7月□日

少年事件で関わった少年に連絡をする。

家族のサポートがあって、本人はしっかり更生した生活をしている。

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この少年にも美しい名前がついている。

少年事件(14歳以上20歳未満の少年の犯罪を扱う事件等の総称)においては、周囲の不良少年、という形で他の少年の名前も目にすることがあるが、皆それぞれに美しい名前がついている。

私の担当している少年は家族に支えられて、きっともう悪いことはしないだろう。

一方で、あの被告人にも、同じように10代の頃があったのだろうと私は考える。周囲のサポートがあった時期もあったのに、同じことを繰り返し、徐々にサポートも得られなくなったのだろう。あるいは徐々にサポートが得られなくなって同じことを繰り返すようになった。サポートというのは血縁者からでなくてももちろん良くて、ただ損得抜きで(100%損得抜きは無理でも)信頼できたり親身になって心配してくれる相手がいるかどうかで、本人の辿る道はかなり違ってくるように思う。刑務所に入っても反省して行動を改めなければ、結局また同じことの繰り返しになってしまう。

ところで、今年はコロナで、多くの人が帰省も憚られ、今までの恒例みたいなものの多くが、望まぬうちに塗り替えられてしまった。親族でさえリアルなつながりが憚られる時代に、そういう信頼できる人間関係を構築していく気運は残されているだろうか。

突如置かれた、外にいながらアクリル板ごしの我々の、この環境における、希望を見つけて出発することの難しさを思う。

 

 

[ライタープロフィール]

山本有紀

1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。

大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。

神奈川県藤沢市で弁護士として働く。

宝塚歌劇が好き。

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