湘南 BENGOSHI 雪風録 第3回

  

山本有紀

 

◇6月○日

事務所に高校生のお子さんがいる人がいる。

そのお子さんがそろそろ、文系か理系かを決める時期とのこと。

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高校生の頃、アラビア語を勉強したいと思って大学は外国語大学を志望していた。

そのため文系か理系かで悩むことはなかったが、途中アラビア語は語学の授業で勉強しようと思い直し、結局文学部に入った。

しかしその文学部も2回生になる時に転学部してしまった。

その後もいろいろ寄り道をして、一時は病院でアルバイトをしていた。医師という仕事も面白いな……しかも開業医儲かるね……と思った。しかし血を見るのはイヤなので、自分に医師は務まらないだろうと思っていた。ところが司法修習で行政解剖(ものすごくざっくりいうと、犯罪の被害には遭っていないが死因が不明の人の解剖)に立ち会う機会があり、驚くべきことに血を見ても体の中を見てもびくともしなかった。

解剖では、ご遺体をかなり細かく分解してその各々を見ることになるが、怖さや血がイヤという気持ちはどこかに吹き飛んで、人間の体はこうなっているんだな……こんなに精緻な作りなのね……と心から興味深かった。こんなに細かいいろいろで人間の体が成り立っている(本当に凄いのです)のだから、そりゃ少しでもおかしいところがあったら全身に影響するだろうね……でも人はみんなこのいろいろがバランスをとって生きているんだねぇ……そしてそのトラブル対応ができる医師や薬を作ってる人! すごいね! と医療従事者への畏敬の念が大変に高まった。15歳で行政解剖に立ち会っていたら、理系に進んでいたかもしれない。

それを思い出して、そのお子さんにも自分がどの道に進むか考えるための材料があるといいよねと思った。高校進学や理系・文系選択くらいが、自分の人生をどうしたいかを考える初期の大きな機会のように思う。

 

◇6月△日

宝塚はまだ休演している。

苦しい。この渇きどうやって癒してくれよう。宝塚が見たい。芝居が見たい。

仕方がないのでD V Dや録画でやり過ごす。その中に二兎社公演「私たちは何も知らない」がある。

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「私たちは何も知らない」(まずタイトルが良い)、「原始、女性は太陽であった。」の青踏社編集部の人間模様を描く舞台である。

舞台の中で藤沢や茅ヶ崎といった湘南の地名が出てくる。平塚らいてうが住んでいた時期もあったらしいのだ。良いとこだもんね! 名前も平塚だし(関係ない)。

雑誌「青踏」に女性の書いた文章を色々掲載して、平塚らいてうは女性の権利を謳う。雑誌は時々発禁処分になる。しかし(少なくとも舞台上の)平塚を真に悩ませるのは、発禁処分よりも青踏の理想に集った女性たちが、貧乏や家族からの反対(はっきり真っ向から

やめろと反対されることもあれば、家事や育児を押し付けられて結果青踏社に割く時間を奪われるタイプの反対もある)があってなかなか自分の思う活動を続けられないことにある。

平塚自身も、家族を支えるためのお金を稼ぐこと、子どもを育てることに忙殺され、ついには青踏社を手放してしまうのだ。

こんなに自分の人生(平塚の場合それだけに止まらないと思うが)をどうしたいかについて強い意思がある人でも、色々な事象に阻まれてなかなかその意思を保ち続けられなかったのね……と思って神妙な気持ちで舞台を見た。

脱線するが、今後性別はファッションのように自ら選択し纏うものになっていくと私は思う(ちょうど女学生が男役になり娘役に転向するように)。どういう性別で生まれついたかよりも、どういう性(男性女性以外にも)で生きたいかという、その人の意思が重視されるようになっていくと予想している(男役10年!)。

どういう人生にしたいかの項目はこの点において近い将来必ず広がるはず。予想が当たるか乞うご期待(きっと当たる)。

 

◇6月□日

離婚ご希望のご相談。

配偶者からの暴力を受けているとのこと。

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殴ったり怒鳴ったりするの、ほんまとんでもないことやで。

仕事を始めた当初は、そういう話を聞くと本当に驚いたし怖いと感じた。

ただこれまで関わっている離婚関係のご相談で、家庭の中での暴力暴言が出てくるご相談は相当の割合を占める。今となってはそういうご相談が多くてこちらの感覚が麻痺してしまいそうだ。そしてその中で、この人の受けている暴力はまだ大丈夫なやつ、とか、本当にこれは危ないやつ、とか事案を勝手に判断してしまいそうになる。

自戒を込め、そしていつでもこの気持ちを思い出せるようにここに書いておく。

家族を構成するメンバーが、他のメンバーを殴ったり怒鳴ったりするのは本当は起きないはずのこと。

相手に敬意があればそんなことしない。

殴ったり怒鳴ったりするメンバーは大抵、他のメンバーが自分の意に沿わなかった時にそういうことをするようだが、そんなことで殴ってくるメンバーがいたら殴られる側は自分のことを自分で決めるどころじゃなくなる。

痛いし怖いし、自分の人生を自分で考えられなくなってしまう。まだ10代の頃から自分の人生をポイントポイントごとに決めてきたはずなのに、自分の人生の決定を怖い相手に任せることになってしまう。

青踏社の時代より、今は自分で決めることは少しだけやりやすくなっていると思う(そう信じたい)が、意思を保ち続けることを害する事象の種類はそんなに変わらないなという印象だ。

その一例である家庭内の暴力、殴っている側には一刻も早く相手に対する当然の敬意を思い出してもらうこととして(殴っているという認識自体もあんまりない人が多いようですが)、離婚含めた家事事件における弁護士の役割は、ご相談者さんの人生の決定のための材料を提供するものでもあるし、決定を実行に移すためのお手伝いをするものでもあると思う。どう生きたいと思えたら、およそその方向に舵は切れます。青踏社の創刊は、1911年。少しは良くなったと信じている。

 

 

[ライタープロフィール]

山本有紀

1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。

大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。

神奈川県藤沢市で弁護士として働く。

宝塚歌劇が好き。

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