シャバに出てから──『智の涙』その後 第3回

  

第3回 ある公園の情景① 交換日記

矢島一夫

 

(私は、シャバに出てから、毎朝、近所の公園の清掃の仕事をしている。そこで出会った人たちとのやりとりを紹介していきたい。)

 おじさんとMTちゃんへ
いつもおかしやおもしろいことを言ってくれてありがとうございます。
これからもいけると思います。
いけたらこれからもよろしくお願いします。
 HNより

 おじさんとMTちゃんへ
いつもおかしや「実」という字を書いてくれてありがとうございます。
MOは中学に行ってもラジオ体操をつづけていきたいです。
これからもよろしくお願いします。
体をだいじにけんこうでいてください。
 MOより

 おじさんとMTちゃんへ
ある日、KちゃんとMちゃんがNM公園のそうじをしていました。KちゃんはNM公園のかんりにんさんです。Mさんはそれのお手つだいをしています。
そこにすずちゃんとちかちゃんとのらちゃんがいました。
カマキリのおせわをしていたら土をほる用のスコップをかしてくれました。
そこからなかよくなりました。
読む春の一日。
 HSより

 おじさんとMTちゃんへ
いつもおかしや色紙をくれてありがとうございました。
この前の持久走記録会では、夏におじさんと走ったおかげで順位やタイムものびました。
もうすぐ中学生になるけど、すこし早い時間からでも行けるようにがんばります。
 KNより

 

──交換日記──

 公園でいつものように掃除をして終わり、ベンチに腰掛けて老若男女10人ぐらいで談笑していた。すると、いつの間にか仲良しになった女の子たちから、一冊のミニノートを手渡された。彼女たちは、すでに仲間うちでわたしと交換日記をすることを決めてのことだった。

「交換日記やろ! おじさんも書いて!」であった。

 小学4年・3年の3人とわたしが加わり4人で回し書きをする方法だった。戸惑いながらも彼女たちの積極性と好ましい人間関係が喜ばしく、良い傾向だと思った。

 2人よりも3人、3人よりも4人と人数が増えれば、相互にいろんなことを学ぶし、個々人の世界も広がるだろうと思ったからだ。

 みんながそれぞれ好きなことを書けばいい。楽しいこと、つらいこと、自分のしたいこと、あの時もっとこうすればよかったなと思うことエトセトラ。心にあるものを文字にして自分を表現したり、ストレスの発散にもなる。

 

 

2017年9月3日 晴
 おじさんへ   MO・KNより
いつもありがとうございます。
虫とかいろいろ捕ってもらい、本当にうれしいです(^_^)
これからもよろしくお願いします。

2017年9月4日
(牡丹文字の色紙を2人に贈呈)
 MOちゃん、KNちゃんへ
何ごともすべて、力と心をあわせ、努力と工夫をすれば、きっと良くなる。

2017年9月5日
 MOちゃんへ
きのうは、MOちゃん、KHちゃん、KNちゃん、SNちゃんたちみんなと走り回って楽しかった。みんなの元気な様子をみてあんしんしました。おじさんいくつにみえるかな? もう77さいですよ。
みんなから元気と笑顔をもらってありがとう。少しは長生きできるかな?

2017年9月5日
 MOからKNへ
ねえ、KN! おじさんなら長生きできるよね。MOたちもがんばろう。
おじさんのおしごとてつだい楽しかったね。
みんなでおじさんをまもろう!

2017年9月14日

 MO・KNちゃんへ   おじさんより
自分の体は自分でつくる! 朝の体操は気持ちがいいね。サッカーしたり、バドミントンをしたり、鬼ごっこしたり、楽しかったね。
みんなの笑い声をきいて、1日の元気をもらっていますよ。
何をするにもはじめから、ひとつひとつをしんちょうに……。
学校はたのしいですか? お友だちとなかよくね。

 

 

 現在は「交換日記」を中断しているが、上級生になってゆく彼女たちは心身ともに躍進している。

 一日は一生とおなじ。日の出とともに生まれ、星に抱かれて死ぬ。4時、5時のまだ暗いうちから起きて公園に行くわたしは早産児のようなもの。それだけ学び、育つチャンスをもらったようなもの。

 床についたらぐっすり眠り、眠ったまま死ねたら、こりゃ最高!

 眼がさめたらシャワーをあびて、うぶ湯をつかたっつもりになって、さあ一日の始まりだ。厭なことは夜の帷(とばり)で幕を引く。

 何ごとも自分を支えるエネルギー。明るく愉しく健やかに。

 ままにならない世の運命(さだめ)。とかく生活・人生は問題連続まったなし。時は待たない活かすのみ。他人(ひと)は自分に非ずゆえ理解し逃げない排しない。人と人との間から大切にしたいもの。目標定め、未来を創造。困難辛苦を前にして、力を心を併せれば、開拓心が湧いてくる。生かされていることへの感謝。奉仕と愛情おしまずに、人生上昇ラセン的。「いっしょうけんめい」愉しもう。

 一所懸命=命をかける思いで時所(ときところ)を活かす。

 一緒健明=家族や友人と健やかに明るく。

 一生賢迷=迷いは一生の付録。賢く解く。

満足に小学校に行けずとも
忍を学びし格子大学。

 公園掃除の仕事に就くまでの失業状態はまさに苦境だった。刑務所での作業や資格取得は社会が受けつけなかった。高齢と前科歴がネックになり、実習・研修・実践する場も得られなかった。だが、

馬鹿クズと右と左の侮りを
受けて悔しき吾も人なり

の意地があった。刑務所も社会も生き地獄。思うように生きられない。見知らぬ土地での八方塞がり。だが泣きごとは言ってられない。

これよりは落ちることなき奈落底
呼吸ととのへ前向き行く
そう考えると気が楽になった。
情熱をどんなところに燃やしたか。
これから吾れはどこで燃やすか。

そう思うと、じっと部屋で膝を抱えているわけにはいかなかった。

悔やんでも振り返っても人生は
後にもどれぬ片道切符。
知を育て体を鍛え心砥ぎ
改(か)えきた過去を無駄にするまい

 だからまず自宅アパートの近辺を掃除した。道路の草むしり、ポイ捨てひろいをした。「ごくろうさま」という感謝の言葉をもらったとき、見知らぬ土地で見知らぬ人と小さな橋が架かったような気がした。嬉しかった。やる気が湧いてきた。

 バス待つこどもが自宅の鉢植えの花とたわむれるようになり、その母子と仲良くなった。

 雪の日には、道路と店の前を雪かきした。

「大変でしょう。ありがとう」の言葉とスタミナドリンクを頂いた。知り合う人々が増えた。そういう人たちが使っている包丁やハサミを砥いであげた。近くの公園で清掃していた高齢者をみて「お手伝いしましょうか」と声をかけた。だが返事もせず「変な奴だな」というような顔を目が返ってきた。後にわかったことだが、家と土地をもち年金ぐらいの金持ちが時間をもてあまし健康と気紛れで、シルバー人材センターの仕事をしているんだということだ。

 後にそのKA公園でわたしがその人の後釜となって働くことになったが、その時はわたしが失業で時間をもてあまし、本当に親切心からの声かけだった。その人はすでに昇天している。自分がそのKA公園をやるようになり、早朝散歩やストレッチにくる人たちと会話する中で聞かされたことは「前の人はズボラだった。10分仕事すると20分はまわりとおしゃべりしていた。ダンナさんは掃除のプロだね。前の人は仕事が雑だったけど、ダンナさんの仕事は舐めたようにキレイになっている。わたしのような者がそこで体操するだけなんて何か申し訳ないような気がする。ワッハハハッ」……であった。

 生活保護を受け、国や市の穀潰しと思われるかもしれない。感謝しつつもその最低生活ギリギリの受給金は人々の納めた血税という自覚。だから仕事に就き自立したいのに失業で苦しむ。生活保護を受けている人に対する世間の眼は差別・さげすみ・桁落ち観が根強い。「バカヤローなめんなよ。たばこ税や消費税は俺だって払ってらあ」。そんな開き直りもしたくなる。そういう人や働いても国で定めた低賃金の中からさらに3分の2をピンハネする政治・経済だから、「働くのはバカ臭い」とブラブラ高齢者がたくさんいる社会になっている。俺は単なる国の穀潰しなんかじゃない。

自らの不備・欠陥・弱点を
識るは未然の防御策なり

を知りつくしているからこそ、がまん・がんばり・我を張らずで生きている。

無駄めしを喰うな自分の力にて
作物を産む一日にせよ

の心で、失業はしていても失望せず、奉仕の熱情を燃やしてきた。

 だからシルバー人材センターからはじめて公園の仕事をもらったとき、「なんだ、結局俺にはこんな仕事しかないのか」という思いもあった。が、基本にかえった。

自らの無知と弱さと我儘を
克ち超えてこそ悪にそまらず

であるから失業中の困難辛苦であっても更生(更に生きる)道を見失うことはなかった。

 

 

[ライタープロフィール]

矢島一夫(やじま・かずお)

1941年、東京世田谷生まれ。極貧家庭で育ち、小学生のころから新聞・納豆の販売などで働いた。弁当も持参できず、遠足などにはほとんど参加できなかった。中学卒業後に就職するが、弁当代、交通費にも事欠き、長続きしなかった。少年事件を起こして少年院に入院したのをはじめ、成人後も刑事事件や警官の偏見による誤認逮捕などでたびたび投獄された。1973年におこした殺人事件によって、強盗殺人の判決を受け、無期懲役が確定。少年院を含め投獄された年数を合わせると、約50年を拘禁されたなかで過ごした。現在、仮出所中。獄中で出会った政治囚らの影響を受け、独学で読み書きを獲得した。現在も、常に辞書を傍らに置いて文章を書きつづけている。