耳にコバン 〜ブリットポップ編〜 第5回

  

 

第5回 喫茶店備忘録

コバン・ミヤガワ

 

果たしてボクは善い人間か、悪い人間か。
あなたは、善い人間ですか? それとも悪い人間ですか?
自分自身の善悪の判断は、生活していると多かれ少なかれ常に頭のどこかに佇む問題だ。何をどうしたら善い人間になり、どこをどう間違ったら悪い人間になってしまうのだろうか。

 一般的に「善いこと」をすれば、客観的に見るとその人は少なくとも善人である。しかし、それが善いことをした人にとっての「当たり前の行為」であったら、果たして善い人間なのか。別のところで悪いことをしていたら?
ここでの疑問はそこである。「善人」たらしめるのは自分の裁量か、はたまた他の誰かさんの客観的な目なのか。深すぎる。哲学だ。おそらく答えなんてない。

 

つい先日、喫茶店でコーヒーを啜り、エビカツサンドをムシャムシャ食べながらあれこれ物思いに耽っていた時のことだ。ボクは「エビカツ」とか「テリヤキ」という言葉に弱い。ついつい頼んでしまう。日本語なのにわざわざカタカナ表記にするあたりがニクいね、アンタ! なんて考えていた。
トイレに行きたくなったので、トイレに向かった。用を足そうと便器の前に立った時、ある張り紙が目に入った。そこには「いつも綺麗に使っていただきありがとうございます」と書かれていた。皆さんも目にしたことがあるだろう。その張り紙の真意に気がついた時、ボクは思わず小さな声で「はっ」と言ってしまった。

 「この張り紙、ボクを善い人間しようとしている!」

 そう、この張り紙は「あなたならこのトイレを綺麗に使ってくれますよね?」とボクに語りかけているのだ。この張り紙を見てしまったら、綺麗に使うか、汚く使うかのどちらかで、答えは言うまでもなく前者だろう。
ボクはまんまとこの張り紙、更に言えばこの張り紙を作った人物によって善い人間に仕立て上げられてしまったのだ。
これは単に「綺麗にご利用ください」と書くよりも圧倒的に効果がある。用を足した後のことを先に感謝されたら、綺麗に使うほかないのだ。そもそも汚く使おうなどとは全く思っていないのだが。

 今までも目に入っていたわけだから、気がついていないだけで、ボクはこれまで幾度も第三者によって善人にされていたのだ。意識していなくとも、多分この類の張り紙を目にしていたら、十中八九綺麗に使おうとしているはずだ。
これは、善人たらしめるのは「自分自身」か「他の誰か」かといった対立ではない。所謂「善いこと」をしたのは自分であることに間違いない。しかし「善いこと」をさせたのは第三者だ。しかもそれが「あれをやりなさい」といった命令ではなく「善いことしてくれましたよね?」という信頼によるものなのだ。言い換えれば、気持ちが良いいほどの思い込みをされているのだ。

 

果たしてこれを「ボクは善人」と捉えて良いものか。自発的で無いことは確かだ。「人造善人」とでもいうのか。「アーティフィシャル・グッドマン」だ。うむ、なかなか善い響きじゃないか。
今読んでくださっているそこのあなた! あなたも知らず知らず「善い人間」にされているんです。
まあ、少し善いことをした気分になれたのだから、それはそれで良いのだろうと思う。

 

さて、今回紹介する音楽は、そんなトイレの張り紙の真理に気がついた喫茶店でちょうど聴いていたバンド。
「パルプ(Pulp)」だ。このバンドもブリットポップの核を担うバンドである。1978年に結成し10年以上もの下積み期間を経て、ブリットポップで一躍ブレイクを果たした。「これぞポップ!」と思えるリズムやサウンドは、ブリットポップにおける頂点の一角と言えるのではないだろうか。
サウンドもさることながら、なんともイギリスっぽい想いや感情、皮肉が歌詞にちりばめられており、ボクの心をキュッと締め付ける。

 

 

そんなパルプのアルバムを1つ紹介させていただく。1995年発売の『ディファレントクラス(Different Class)』である。
もうキュンキュンが止まらないよボクは。何を言っているんだか。いや、このアルバムは全英1位を獲得した程のアルバムである。イギリス人もこのアルバムにキュンキュンしちゃったに違いない。
このアルバムは明るくてノリのいい曲から、これまでも紹介してきたようなノイジーで艶っぽい曲まで幅広い。嫌いなはずがないじゃないか!
そんなキュンキュンアルバムから「コモンピープル(Common People)」を紹介したい。これぞまさにポップソング! という感じな一曲だ。これまでは少し落ち着きすぎた曲が多かったと思うので、今日は明るめな曲を1つ。
サウンドはアップテンポで、キーボードの電子音とも相まって明るくノリが良い。しかし歌詞を見るとイギリスの状況を皮肉っていると考えることができよう。

 

She came from Greece, she had a thirst for knowledge
She studied sculpture at St. Martin’s College
That’s where I caught her eye
She told me that her dad was loaded
I said, “In that case, I’ll have a rum and coca-cola”
She said, “Fine.” And then in thirty seconds’ time, she said

 

I want to live like common people
I want to do whatever common people do
I want to sleep with common people
I want to sleep with common people like you

 

ギリシャから来た女の子。「私の家、お金持ちなの」、「普通に過ごしたいのよ」と望む。
この曲から見えてくるのは、富裕層への皮肉である。さらに富裕層と労働者階級という構図だけでなく、イギリスの移民問題という点も皮肉っているのではないだろうか。難しいことは控えさせていただくが、貧富の差であったり、自分が何者なのかといった問題、これらはブリットポップの曲たちに多く見られるテーマだ。これらのテーマは、普段生活していて、ふと心に引っかかる疑問なのではないだろうか。だからこそ多くの人の共感を呼んだのではないか。
この想いを歌詞に込め、キャッチーでノイジーなサウンドと共に歌う。これもまたブリットポップの特徴の1つと言えるだろう。

 

さて、今回は割と明るめな曲をご紹介した。是非とも体を揺らしながら、頭を振りながら聴いていただきたい。

次回はもう少し季節感を意識して書いていこうかなぁ。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter : @koban_miyagawa

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