耳にコバン 〜ブリットポップ編〜 第4回

  

 

第4回 RadioにBottou

コバン・ミヤガワ

 

ラジオが聴きテェェ!!

唐突にそう思うことがある。最近めっきりラジオを聴かなくなってしまった。

いちばんラジオを聴いていたのは、中学生と高校生の頃であろうか。何気なくではあるが、学生生活中、ボクはよくラジオを聴いていた気がする。それが今となってはものすごく懐かしく、時に胸をキュンとさせるのだ。

中学生の頃は、親の運転する車の中で流れるラジオを聴いていた。よく聴いていたのは、毎日、夕方4時か5時頃から始まる地方局の番組である。ボクの故郷、宮崎の人なら「あー、あれね」とすぐに分かるであろう。所謂「ザ・地方局」な番組である。

今更だが、あの愛おしさといったらない。今でも帰省したら耳を傾けるのだが、ラジオから流れてくる方言の心地よさがたまらない。そして途中に流れるコマーシャルも、程よくユルい。よくわからない企業の、よくわからない従業員による宣伝。「言わされている感」とでも言おうか、言葉の覇気の無さ。昔は「やる気ねぇなぁ」くらいにしか思っていなかったのだが、今となっては、あの気の抜けたコマーシャルが恋しくなってしまっている。あれくらいのユルさでいいのだ。ボクの脳内に、鮮明にその印象が残っているのだから、あのコマーシャルも効果があるのかもしれない。

ボクの中で、この地方ラジオ番組が、帰省した際「帰って来たなー」と実感する1つのファクターになっている。

高校の頃は、もっぱら勉強のお供としてラジオを聴いていた。平日夜10時から始まる「ラジオの中の学校」的な番組を楽しみに聴いていたもんである。番組内で流れていた知らない曲を調べて、色々聴き漁っていた。「こんな曲があるのか!」と髪の毛がブワッと逆立ち、耳に全神経を集中させていた瞬間というのは、今思い出してもワクワクする。あの高揚感を今でも味わいたいから、音楽を好きでい続けているのだと思う。

あの頃聴き始めた音楽は今でも聴くし、改めて聴くと高校生の頃を思い出し、懐かしさで胸がキュンとなる。邦楽の知識や良さなんかは、あの番組から大分学ばせてもらった。

最近は、スマホで音楽を聴いたりYouTubeを観たりと「ラジオ離れ」な生活になってしまっている。これを機に、またラジオに耳を委ねる時間をもっと作っていきたい。

 

さぁ、音楽の話をしよう。

今回紹介するバンドは、1990年代のイギリスを代表するバンドの1つだ。その当時、イギリスの音楽シーン、ロックシーンはまさに「ブリットポップ」真っただ中!「UKの音楽ってやっぱりイカすぜぇ!」と様々なバンドが勃興していた。

そんな中このバンドは、今までたくさん語ってきた「ブリットポップ」という流れを「嫌らっていた」のである。

 

そのバンドの名前は「Radiohead(レディオヘッド)」

知っている方も多いだろう。トム・ヨークがフロントマンを務める、1991年に結成された5人組ロックバンドである。今回はそんな「ブリットポップが大嫌い」だったレディオヘッドが、なぜ当時の音楽シーンを否定的な目で見ていたのか、さらにそんなレディオヘッドのアルバムについて書いていきたい。

 

トムはインタビューで、ブリットポップについて「後進的なムーブメント」であり「60年代のリバイバルで、模倣に過ぎない」と語っている。その上で「あいつらの一部になんてなりたくなかった」とその当時のイギリスにおける音楽シーンを否定的に捉えている。

これはどういうことなのか。ここからはあくまでもボク個人の考えだが、レディオヘッドは、音楽には「新しさ」が重要だと捉えていたのではないだろうか。新しい「まだ見ぬ音楽」「聴いたことのないサウンド」を追求することこそロックをやる意義だと感じていたのかもしれない。

レディオヘッドにとって「ブリットポップ」という流れは、60年代にイギリスで流行り、さらには世界中にそのサウンドを轟かせた「UKロック」の素晴らしさの「再確認」であり、いくらそれを90年代で盛り上げたとしても、そこに価値なんてないと考えていたのではないか。

レディオヘッドは先進的で「新しい音楽」を探し続けた、探究心溢れるバンドだったといえよう。

 

そんな「ブリットポップ嫌い」なレディオヘッドが、ブリットポップ最盛期とも言える1997年に発表したのが『OK Computer』というアルバムだ。

 

 

このアルバムの良さはズバリ「没頭」である。このアルバムを聴いている間は他のことは何もしたくない。いや、手に付かない。横になるか座りながら、このアルバムに「没頭」していたい。もはや目から入る情報すらも煩わしいと感じてくる。目を瞑りながら、ただひたすら曲を聴いていたくなる。そんなアルバムだ。

『OK Computer』から一曲紹介しよう。「No Surprises」という曲だ。まずは聴いていただきたい。そして、この曲のミュージックビデオもご覧いただきたい。幻想的なアルペジオから始まり、美しいメロディで紡がれる繊細な歌だ。しかし歌詞の内容は、これがなかなかに衝撃である。歌詞を見ていこう。

 

A heart that’s full up like a landfill
A job that slowly kills you
You look so tired, unhappy
Bring down the government
They don’t, they don’t speak for us
I’ll take a quiet life
A handshake of carbon monoxide

With no alarms and no surprises
No alarms and no surprises
No alarms and no surprises
Silent, silent

 

この物語の主人公は自ら命を絶とうとしている。そうすれば何のしがらみも、苦しみもない静かな場所に行って救われると信じている。そして歌詞はこう続く。

 

This is my final fit
My final bellyache

With no alarms and no surprises
No alarms and no surprises
No alarms and no surprises, please

Such a pretty house
And such a pretty garden

No alarms and no surprises (let me out of here)
No alarms and no surprises (let me out of here)
No alarms and no surprises, please (let me out of here)

 

とうとう彼は死んだ。美しい家と庭が見える。ここが彼の望んでいた場所なのだ。静かで何の脅威もない場所に行けたのだ。しかし、最後の部分のカッコの中を見て欲しい。こう書いてある、「ここから出してくれ……」。もう戻ることはできない。

ここからはボクの考えだが、彼の行った先は「何もない」、ただそれだけだったのだ。自ら命を絶ち、この世から逃げ出すことには成功した。しかし、苦しみがないと同時に「優しさ」や「愛」なんかもない場所だったのだ。そのことに気づき悔やむ。そんな曲だ。

この曲は「自分から死んだって楽にはなれないよ」というメッセージが込められていると感じる。

この曲のミュージックビデオも、かなりインパクトが強い。ガラス(水槽)越しに歌うトム。最初のサビの終わりと同時に下から水がせり上がり、トムの顔を浸す。しばらくして水が引くと、トムは何だか少し嬉しそうに歌っている。

水が引いたと同時に、彼は別の世界に行ってしまったのである。嬉しそうにしている反面、バックでは「ここから出してくれ」なんて歌っているのだから、何とも様々な意味で皮肉めいた曲だと思う。

 

今回は所謂「ブリットポップ」なバンドの紹介ではなかった。しかし90年代のイギリスで、皆が一斉に同じ方向を見て音楽をしていたわけではないという点を押さえておきたくて、レディオヘッドを紹介した。

レディオヘッドは今も活動を続けており、トム・ヨークはソロでも活動している。まだまだ彼らの音楽への探究心は尽きていない。

みなさんも是非、何にもしないで好きな音楽に「没頭」してみてはいかがだろうか。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter : @koban_miyagawa

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