耳にコバン 〜ブリットポップ編〜 第13回(最終回)

  

第13回(最終回) この1年

コバン・ミヤガワ

 

「耳にコバン」を書き始めて一年がたった。

気がつけば1年。もう1年だ。早いこと早いこと。

 

改めてこの1年を振り返ると、去年のこの時期からボクはある「呪縛」に囚われ続けている。

歯医者だ。

この1年、もうずーっと歯医者に通い詰めている。月に3回ほどの歯医者通いを、現在進行形で続けている。

 

ことの発端は数年前、沖縄に旅行していた時だったと思う。

何の気無しに、歯の詰め物が取れた。

「お、ついに君も役目を終えたか。ご苦労さん」

と一応、ボクの歯の代わりを務めてくれた詰め物を労い、別れを告げた。

 

最初は違和感があったが、そのうち違和感も無くなってしまい、放置してしまっていた。

「歯医者に行かなきゃ」という想いは脳の片隅にあるものの「まだいいだろう」「めんどくさい」という感情の方が勝っていた。

 

しかし段々痛みが増してきた。冷たいものは染みるし、食べ物は詰まって痛いところを押してくる。

それでも歯医者に行かないのがボクのすごいところだ。

「我慢強い男」

漢、コバンである。

そんな情けない我慢強さはさておき、一年前に「いよいよ」という事件が起きた。

 

それは焼き鳥を頬張っていたときのこと。

一番好きな砂肝を食べていたら、別の歯が欠けてしまった。

それはもう見事に欠けたのだ。

 

その瞬間ボクの意思は確固たるものに変わった。

「歯医者に行かなければ!」

「これはまずい」と思ったのもあるが、何より「大好きな砂肝を食べられなくなる」という恐怖が、ボクを歯医者に行くことを決意させた。

ボクは砂肝を食べるために歯医者に行くのだ!

 

いざ近くの歯医者に行ってみた。

本当に歯医者かと思われるほどに爽やかでオシャレな空間だった。

明るい室内、カフェでかかっていそうな音楽、美人な受付のお姉さん。

「ここは恐らく近所のマダムがホワイトニングなんかに利用するタイプの歯医者だ……」

場違いだと思いつつも、そんなこともう言っていられない。

 

受付を済ませ、呼ばれるのを待つ。

テレビでは「相棒」がやっている。杉下右京役の水谷豊、好きな俳優の一人だ。

たしか母も水谷豊のファンだったな。最近は菅田将暉にお熱だが。

帰ったら「カリフォルニアコネクション」を聴こう。

そんなことで気を紛らせつつ、呼ばれるのを待った。

 

さあ、名前を呼ばれ診察室に入る。出陣じゃ。

若くて爽やかな、嶋田久作みたいな先生だ。

もちろん褒め言葉である。

 

診察自体は至極単純に進んだ。

小学校の歯科検診みたいなことをされ、レントゲンを撮られ「じゃあ次回から治療していきましょう」と初回はそんなもんだった。

 

そこから1年近く、治療が続いている。

長いこと長いこと。

どうやら虫歯がいっぱいあったらしい。

 

とてもよい歯医者なのだが、腑に落ちないことが1つある。

もう何十回と通っているのだが、何度行ってもテレビからは「相棒」しか流れてこない。

「相棒」専用のテレビになっている。

失礼な話ではあるが、こんなオシャレ空間に「相棒」がピッタリかと聞かれたら、決して首を縦には振れない。

いっそニュースとか普通のテレビでいいのに「相棒」しか観させてもらえなのだ。

しかも「続きがきになるぅ」という頃に診察室に通されるので、毎回悶々とした気持ちで治療台に座るのである。

 

先生の趣味なのだろうか。

真相は謎に包まれている。

そういえば嶋田久作も「相棒」シリーズに出ていたような……

 

歯医者はなかなか会話がしづらい。みんなマスクしてるし、表情なんかもわかりづらい。

先生ともあまり会話ができずにいる。

ボクの口の中を誰よりも知っている人なのに、先生と仲良くなれていない。

 

歯医者さんとの関係はなんとも歯痒い。歯だけにね……

 

治療が全部終わる頃には仲良くなって、テレビから延々流れてくる「相棒」の真相を突き止めたい。

ま、そんな一年でした。

 

皆さんはすぐに歯医者にいきましょう。絶対にそうしてください。

ドラマの続きが観られなくなって、悶々とせずに済みます。

 

さてこの1年で、様々な90年代イギリスのロックを紹介してきた。

ここで一区切りつけたいと思う。

「耳にコバン〜ちょっとためになるロックンロール通信〜ブリットポップ編」最終回である。

あくまでもブリットポップ編の最終回です。

 

最終回にはこのバンドを紹介しなければなるまい。

ボクが一年前、ブリットポップについて書き始めたとき、最後はこれで締めくくろうと決めていたバンドだ。

 

ブラー(Blur)である。

 

あれ? ちょっと待って。

ブラーは前にも紹介したじゃないか。

気がついたあなた。よく読んでらっしゃる。

ありがとうございます。

 

そう、第1回で紹介したバンドである。

もちろんこれにはちゃんと理由がある。

ブリットポップは「ブラーに始まりブラーに終わる」と言っていい。

 

まずはブリットポップのおさらいをしてみたい。

ブリットポップとは、1990年代にイギリス(ロンドンやマンチェスター)を中心に盛り上がったポピュラー音楽のムーブメントである。

この背景にはグランジロックの存在が大きい。

アメリカのバンド、ニルヴァーナを代表するグランジロックが、80年代後半から90年代初頭、ポピュラー音楽を席巻していく。

この流れに端を発し、改めてイギリスの、イギリスらしいロックンロールを再興させようと始まったのがブリットポップである。

 

そんな中、UKロック期待の星としてデビューしたのがブラーやスウェードだった。

この2つの新星、そしてオアシスのデビューによってブリットポップは注目され始める。

さらにこれまでに紹介してきたバンドが次々と現れ、ブリットポップというポピュラー音楽の流れは勢いを増していく。

 

どんどん広がる「イギリスらしい」音楽、「イカしてるイギリス」像は、音楽の垣根を越え伝播していく。

 

彼らのファッションが注目され始めたり、イギリスらしいポップアートの評価、さらには映画にも影響を与えていく。

1996年公開、ユアン・マクレガー主演の映画「トレインスポッティング」は、作中のファッションや挿入歌など随所にブリットポップを感じることができる。この映画は「イカしてるイギリス」を象徴する作品であり、イギリスのみならず世界各国でヒットした。

 

音楽界隈で始まったブリットポップの「イカしてるイギリス」観は、ポップカルチャーをも巻き込み「クールブリタニア」と称され、社会現象にまでなったのである。

94年〜96年はブリットポップの最盛期だったと言えよう。

翌年の1997年、ブラーは一枚のアルバムをリリースする。

それが『ブラー(Blur)』である。

 

 

自身のバンド名を冠したこのアルバム。

このアルバムのリリースに際し、ボーカルのデーモン・アルバーンが放った一言でブリットポップは終わりを迎える。

 

 

 

「ブリットポップは死んだ」

 

 

 

さて聴いてみよう。

一聴すれば分かるが、今までのブラーの作品とはまるで違う。

ブリットポップ感はあまり感じられない。

ブリットポップ期の作品よりも荒々しく、そしてオルタナティブに傾倒したアーティスティックな作品になっている。

 

このアルバムは今までのブラーっぽくはない。

全英1位を獲得したものの、ファンの間でも賛否は分かれたらしい。

当時のイギリスでは「商業的自殺である」と評されたりもしたようだ。

イギリスの音楽シーンでこそ評価が乏しかったが、対照的にアメリカや日本ではヒットを飛ばし、新たなリスナーを獲得していった。

 

アルバム1番の目玉の曲といえばやはり「Song2」であろう。

「ブラーといえばこの曲」といった名刺代わりの一曲になっている。

まさに荒々しいロックといった感じ。

思わず「ウォーホー!!」と叫びたくなる。

 

これまでのノイジーでノッペリした曲達とはまるで違う。

そうかと思えば、別の曲では非常に実験的でアーティスティックな一面も窺える。

 

ブラーはブリットポップという川で大きく成長し、世界に羽ばたいていったのだ。

デーモンの「ブリットポップは死んだ」という言葉には、ブームの終焉と次のステージへの進化という意味を含んでいたのではないだろうか。

このアルバムでブリットポップは一応終わりを告げた。

 

流行り廃りというのは必ずある。

ブームとはお祭りのようなもので「終わり」は絶対くる。

しかし終わったものを「終わったもの」として遠ざけるのと、「終わったものだけど」として受け入れるのはまるで違う。

「流行っていないから」「古いから」という穿った見方で物を見るのはなんとも勿体ないものだ。

いいモノはいつまで経ってもいいモノです。

ボクのブリットポップへの愛は、まだしばらくメラメラ燃え続けるだろう。

 

次回からは、また別な時代の別の場所で皆さんとお会いしたい。

タイムトラベラーみたいなセリフで締めくくろう。

 

ともあれ1年続いたブリットポップ編もこれでおしまいである。

読んでいただきありがとうございました。

好きにならずとも「こんな曲があるんだー」「イギリスの音楽も悪くないかも」と思っていただけたなら、とっても嬉しいボクなのでした。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter :@koban_miyagawa
HP:https://www.koban-miyagawa.com/

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