ほんのヒトコト 第44回

  

カバーと扉絵に見るエロティックなヴィクトリア朝 ──田中孝信(田中孝信・要田圭治・原田範行編著『セクシュアリティとヴィクトリア朝文化』)

 本書を手に取った読者は誰しも、装幀の美しさに魅せられるだろう。それはひとえにデザイナーの渡辺将史さんのおかげなのだが、カバーと扉の図版を選んだ者として、序章のタイトルにもなっている「横溢するセクシュアリティ」の有様をそれら図版の観点から述べておきたい。

 カバー表と裏に用いたのは、アルフレッド・テニスン(1809-92)の詩「シャロットの姫」(1832)を題材とした19世紀後半の絵画である。まずは、詩の粗筋をおさらいしておこう。表題の名もなき姫は、「静寂の島」で「夜も昼も機を織り」、彼女の静的で受動的な存在を象徴する「青い鏡を通して」、外に位置する、アーサー王の宮廷があるキャメロットの世界を見つめている。自分には「忠誠を誓い、仕えてくれる騎士がいない」ことも意に介さない。しかし、鏡に映った、馬に乗って通り過ぎるランスロット卿の姿を見るや、たちまち男らしい彼の虜になってしまう。彼女は性に目覚めてしまったのだ。その影響は即座に「災い」となって現われ、「鏡は端から端までひび割れてしまう」。よりによって、すでに王妃グイネヴィアと恋愛関係にあった男に惚れてしまったのである。恋に狂った姫は、小舟に乗ると、情欲という災いによって「血が凍ってしまう」前に、自分の英雄のもとに辿りつこうとする。だが、愛する男性に溶け込み、彼の「炎」から生命力を得ることは叶わず、彼女は死んでゆく。その姿をたまたま目にしたランスロットは、まるで物を鑑賞するかのように「美しい顔をした女(ひと)だ」と評し、弔意を表するだけで騎士としての務めに赴く。

 この詩においてテニスンは、女性の献身的衝動を前提とする。それは、家父長制イデオロギーに沿って、公領域での生存競争で汚れ疲れた男性を癒す〈家庭の天使〉像の特質として美化されるものである。しかし一方で、この衝動は、愛する男性への、そして相手が自分のものにならないと分かっていればいるだけ、抑えようのないエロティックな願望を帯びた性衝動でもある。それを表出させた以上、狂気と死が相応しい帰結として用意されている。その痛ましさが男性の優越感をくすぐるのだ。どちらの場合も、女性は男性に心地よいように解釈され、消耗品として商品化されているのは間違いない。

 狂気と受動的で自己破壊的な恋情が結びついた、死にゆく美女の姿を、画家たちは好んで描いた。カバー裏のウィリアム・ホルマン・ハント(1827-1910)の下書きの図案(1857)【図1】は、「鏡はひび割れ」、情欲の「災い」が降りかかってきて、激しい興奮状態に陥ったシャロットの姫が、自らの欲求が引き起こした電気の衝撃波によって帯電した瞬間を描き出している。カバー表のジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849-1917)の絵(1888)【図2】は、詩に描かれた横たわる姿ではなく、上体を起こしたままであるにせよ、あくまで上品に青ざめ、力なく正気を失い漂う様子を捉えている。そして、愛ゆえに狂乱する自己犠牲的女性像は、世紀末のオフィーリア像に至って空前の人気を博することになる。これらの絵画から読み取れるのは、男性は、〈家庭の天使〉には収まり切らない、女性の激しいセクシュアリティに気づいて視淫の快楽を覚えながらも、それを表出した代償として狂気と死を運命づけているということである。そこに女性の潜勢力への恐怖を見て取るのは容易だろう。

 

(左)【図1】 (右)【図2】

 女性のセクシュアリティが帯びる潜勢力ゆえの女嫌い。それを深読みできるのが、カバー背に採り上げた、官能的な絵画の第一人者ウィリアム・アドルフ・ブーグロー(1825-1905)の《クピドとプシュケー》(1889)【図3】だ。「クピドとプシュケー」の物語そのものは、2世紀のルキウス・アプレイウスによる『黄金のロバ』に登場する。神であるクピドと人間の女性プシュケーとの禁断の愛。「見てはならぬ」とのタブーを破り、プシュケーは夫の正体がクピドであることを知る。その結果、彼は彼女のもとを去ってしまう。彼を求めて旅に出たプシュケーは、彼の母親で彼女の美しさに嫉妬するウェヌスが課する幾多の試練に耐えなければならなくなる。最後には長い眠りに落ちていたプシュケーを、クピドがキスによって目覚めさせ、神聖な結婚へと至る。ラテン語でクピドは「愛」、ギリシア語でプシュケーは「魂」を意味するところから、この物語は「魂は愛を求める」ことのメタファーとして解釈された。さまざまなおとぎ話の原型となっていることからも分かるように、高い人気を誇り、美術でもたびたび題材となった。絵画では魂はしばしば蝶で表わされるため、画面のどこかに蝶が飛んでいたり、プシュケーが蝶の羽を背中に付けていたりする。したがって、カバー背に蝶の羽が浮き出たデザインは、図版の意味するところを的確に捉えている。

 【図3】

 ところが、図版をよくよく見てみると、ブーグローの描く羽は飛翔するには役に立ちそうもない、奇妙な、あまりに小さいものである。それに、蝶というよりは蛾のものに似ている。そもそも神話では、エロス、アモルとも呼ばれるクピドの方が好色である。しかしブーグローは、クピドをプシュケーより神様らしくすることで、この物語を19世紀後期の人々の期待に沿うように調整した。すなわち、クピドには9階級全天使の第1位である熾(し)天使の羽が与えられ、加えて、プシュケーによって表象される愛より、さらに高度な愛を追求して上方に向かって飛んで行く姿で描かれたのである。それに対して、クピドに抱擁され頭を後ろに反らし、体が疲れ果てているように見えるプシュケーは、官能性が強調されている。一人では飛べない彼女は、クピドにぶら下がり、至高を目指す少年の重石(おもし)になるという役割が押しつけられたのである。男性の超越とそれを邪魔する女性という象徴体系に沿った一幅の絵画と言えよう。

 こうした女性嫌悪の行く着く先は、同性愛、それも古代ギリシアで理想とされた少年愛となる。もちろん古代ギリシアとは違って、ヴィクトリア朝社会が同性愛に対して寛容な態度を示すことはなかった。それは、見えながらも隠された欲求となる。本書では、そうした意味を込めて、扉にシメオン・ソロモン(1840-1905)の《花嫁、花婿、悲しきアモル》(1865)【図4】を配した。この線画は、ソロモンの作品のなかでは最も性的暗示の強いものである。人物像は古典のタイプに近く、特に中央の男性は、筋肉質な身体に短く刈り込んだ髪で、ミケランジェロ(1475-1564)の《ダヴィデ》(1504)を想起させる。そして、逞しい彼が美しい花嫁を抱き寄せる様は、家父長制イデオロギーに則った異性愛そのものである。しかし、彼の男らしさは、少年の姿をしたアモルに対する愛撫によって覆される。これは花嫁から見えない行為であり、ソロモンは、社会から隠蔽されていた、微妙で危険な領域、すなわち年長の男性による少年愛に言及しているのだ。男性はこれを最後にアモルと別れ、新しい人生を踏み出すのか、それとも密かに性の二重生活を送ることになるのだろうか。両性愛をテーマにし同性間の接触を描いていることから、ソロモンはごく親しい仲間だけに見せたものと考えられる。だが、詩人アルジャノン・チャールズ・スウィンバーン(1837-1909)と互いにそのサド・マゾ的傾向を刺激し合うようになってからは、徐々に大胆になってゆき、展覧会作品にも自身の性的嗜好が滲み出るようになる。そして1873年には、同性愛のかどで逮捕されてしまうのである。

【図4】

 このように絵画一つ取り上げても、そこにはセクシュアリティが横溢している。もちろん画家たちは、猥褻と非難されないために、本コラムで取り上げた図版にも見られるように、多くの場合、神話・伝承・文学などと関連させた。だが同時に神々や英雄は、人間の情念や運命を凝縮したような、人間以上に感情的な存在であり、彼らのセクシュアリティは人間精神そのものと強く結びついているのだ。そうしたセクシュアリティをいかに表現するか、あるいは、表現されたものをいかに読み取るかは、家父長制イデオロギーを基軸とする権力に対する姿勢次第である。権力は、芸術、法律、宗教、人類学、哲学などあらゆる領域から成る「知」の体系を確立し、性を抑圧すると同時に、絶え間ない言説化によって「正常」と「異常」を明確にしようとする。この状況に疑問を感じ、密かにあるいは公然と反抗する者が出てくるのは当然の成り行きであろう。彼らの内に胎動するセクシュアリティに気づくとき、私たちはヴィクトリア朝がいかに権力と性との闘いの場であったかを理解する。現代に生きる私たちは、社会・経済の変化を伴う時の経過によって、多様な性愛や家族のあり方を獲得したかに見える。今やマスメディアなどを通して、女性が男性を商品化する時代でもある。美少年が女性の視淫の対象となり、「愛でる女」と「愛でられる男」の関係が生じさえする。ここに至る長い道のりの起点に、ヴィクトリア朝における権力と性との闘いがあるのではないだろうか。その意味で、セクシュアリティという、ヴィクトリア朝文化を語るうえで避けがたいテーマを扱った本書は、表現の自由を獲得したかに見える私たち自身のセクシュアリティを、もう一度権力との関係のなかに置いて見つめ直す機会を与えてくれるのである。

◉『セクシュアリティとヴィクトリア朝文化

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