ほんのヒトコト 第3回

  

『八月十五夜の茶屋』 「沖縄戦」と著者ヴァーン・スナイダー――梓澤登

◆「8.15」の意味

出版から間もなく1年。奥付の発行日が6月23日であることを最終校正時に知った時、版元の意思を受けとめた。1945年、沖縄の日本軍が組織的抵抗を終了した、とされるこの日は、「慰霊の日」として県内の官公庁・大学・学校は休日扱い。全県民が追悼の思いを深くする。日付については史実の確定も絡んで前日の22日とすべき、いや沖縄守備軍が嘉手納で降伏文書に調印した9月7日が正解、等の論議もある。

 いずれにせよ、沖縄で8月15日はほとんど人々の意識に上らない。当時、身ひとつで戦火を生き延びた人々は、4月1日の米軍上陸以降、本島中部・北部地区各所の避難民収容所であわただしい日々に追われていた。かの玉音放送を聞いた人は、軍政当局の周辺で仕事についていた人に限られたことだろう。

関連して、『八月十五夜の茶屋』の表題に終戦記念日を重ねる向きがあるかもしれない。小説本文を読めばわかるが日本語表題の前半は、旧暦八月十五夜の月、つまり「中秋の名月」を指している。

それにしても、この表題訳を考えついたのは、誰だったのか。

 琉米親善を謳った沖縄での演劇公演当時(1954年)の「琉球新報」には『料亭十五夜』とある。2年後の歌舞伎座興行のプログラムは『八月十五夜の茶屋』である(日本/沖縄での演劇公演記録について詳しくは訳者あとがきを参照)。具体的根拠のない推測だが、MGM映画の輸入・配給にあたった関係者周辺に、TEAHOUSE を茶屋とし、AUGUST MOON を八月十五夜と訳した人物がいるのだろう。8.15で日本の敗戦を連想させようとした可能性も一概に否定しきれない。

 

ちなみに、小説家・大城立裕氏は、拙訳発刊直後に地元紙「琉球新報」に寄稿したエッセーのなかで、「料亭」と訳したことが、「大きな騒ぎになった原因の一つではないか」と、54年5月に那覇で予定されていた演劇の民間公演が中止に追い込まれた件に言及している。

 米軍が軍用地拡大のために強制的な土地収用に着手し、これに抵抗する運動が島ぐるみの土地闘争へと盛り上がっていく中で、「米占領軍を痛烈に風刺した主題の面白さ」(57年映画公開時の「琉球新報」から)を沖縄の人々が受けとめる余裕はあるはずもなかった。

『八月十五夜の茶屋』の著者ヴァーン・スナイダー

 

◆偶然の発見——スナイダー=スナイドル大尉?

昨年暮れに、松本仁一著『兵隊先生』(新潮社刊・2012年)を読んで、驚いた。

米軍上陸直後の戦闘で負傷し半死半生の日本軍兵士は、芋掘り作業で通りかかった沖縄住民の手で、収容所にかつぎこまれる。身元が発覚すれば、即座に捕虜収容所に連行され、かくまった住民にも処分が及ぶことは必至だ。沖縄人の偽名を付けられた兵士は看病の甲斐あって、なんとか目立たずに日々の暮らしを送れるようになる。

 兵士がかくまわれた収容所が桃原。しかも「スナイドル大尉」が責任者として登場することに驚き、好奇心をかき立てられた私は、手紙に拙訳本を添えて著者の松本さんに送った。「この大尉は小説の原作者ではないでしょうか」。
日を置かずに、松本さんから電話が入った。
「いやあ、驚きました。まず、間違いないでしょう」。

 松本さんの驚きは私よりもっと大きかったに違いない。兵隊先生その人と息子の松本氏は、沖縄を舞台にした映画ということで封切り公開時に連れだって観に行ったという。ところが、無国籍風のドタバタ劇に父上の期待は裏切られた。かつて身近に接した「スナイドル大尉」が、映画字幕にも表示された原作者であるとは思いも及ばずに。

 父上はすでに物故されている。同一人物であることの確証を得るために、収容所で「スナイドル大尉」に接していた方に、スナイダーの顔写真(60年発行自著のカバーに使用された)を見ていただくことにした。今年の2月末、「兵隊先生」にも実名で登場されるTさんを訪ねた。89歳の老婦人。脚の運びが不自由で、聴力は衰えているが、表情に張りがあり、会話も滑らかなTさんは、顔写真を指して、「間違いない。あのスナイドルさんだね」と証言された。

 翻訳を進めながら、じかに接した方の記憶に残るスナイダーの印象をお聞きできないものか、と思うことがしばしばあったが、生来の無精癖、出版後も具体的な行動に踏み出せないままでいた。Tさんにお目にかかることで、私の願いは実現したが、さらに多くの方々にお会いできる機会があれば、と念じている。

 

収容所内の光景(沖縄県立公文書館所蔵)

 『八月十五夜の茶屋』の原作者と『兵隊先生』に登場する大尉が同じ人物である――。地元紙「沖縄タイムス」が文化欄で大きく取り上げ、私と松本仁一さんの文章が「スナイドルとスナイダー」と題して、5月28日・29日に連載されました。本文の後半部は、その際の寄稿文を要約したものです。

 

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