一杯の紅茶と英文学 第4回

  

第4回 ジェイン・オースティンとティーコゼー

南野モリコ

 

イギリス文学は紅茶文学

イギリスでの紅茶体験は1980年代の大学時代だが、欧米の食文化、特に紅茶と焼き菓子のあるライフスタイルを知ったのは、子供の頃に読んだ海外児童文学がきっかけである。1970年代に子供時代を過ごした筆者にとって、海外文化の情報源は図書館に並んだ写真が美しいお菓子のレシピ本、そして文学作品だった。イギリスはじめ欧米の文学作品は、筆者にとっては紅茶の文学。「お茶」というたった2文字の活字の向こうにティーポットとカップが並ぶ、もてなしのテーブルを想像していた。情報が少なかったからこそ、文学が想像を掻き立て、文化的な憧れを膨らませるメディアとなり得たのだと思う。

 

ジェイン・オースティン『エマ(上)』中野康司訳(筑摩書房)

 

高校生ぐらいになると絵本や小説で読んだ世界がリアルに実在することを学校の授業を通して知ることになる。シンデレラが王子様と出会った舞踏会がリアルに流行っていた娯楽だったんだなーと知った読書体験がジェイン・オースティン『高慢と偏見』である。

映画で見る『高慢と偏見』はビングリー家の女性たちが文字通り高慢で、窮屈で堅苦しい世界観で描かれているが、筆者にとってみれば、オースティン作品は女子たちの本音トークで綴られていて、飾り気なく人間臭い。文学史に使われているジェインの肖像画が笑ったような顔であり楽しそうに見えるからだ。作家の肖像画というと、頬杖をついたり眉間に皺をよせたりして、いかにも「思索に耽っています」と言っているようなものばかり。しかし、姉カサンドラが描いたといわれるジェイン・オースティンの肖像画は、少女マンガのようであり、どことなくいたずらっぽい。グウィネス・パルトローが主演した映画『エマ』もキュートな恋物語だった。

 

ジェイン・オースティン『高慢と偏見(上)』中野康司訳(筑摩書房)

 

イギリスにおける喫茶の習慣は18世紀中には全ての階層に広がった。オースティンも日常的に紅茶を飲んでいた筈である。しかしまだアフタヌーンティーは始まっていないから、お茶の時間について具体的には描かれてはいない。もしオースティンの時代にアフタヌーンティーがあったら、恋人探しの主戦場は間違いなくお茶会だった。『高慢と偏見』は五人姉妹のいるベネット家の近所に、同じ年頃のビングリーが引っ越して来たところから物語が始まる。もしこの時代に午後四時のお茶の時間があれば、彼女たちが初めてビングリー家を訪問するのもお茶の時間だったし、エリザベスとダーシーは紅茶かミルクどちらを先にカップに注ぐかで議論したかもしれない。

 

ティーコゼーは何のためにある?

さて、アフタヌーンティーは、自分たちの持ち物をさりげなく披露する、いわば19世紀のインスタグラムのような場であった。茶器はお茶を飲むためだけに使う道具であり、それを豊富に持っているということは財力の証。お茶会は優雅なライフスタイルの見せ場になのである。

今でも紅茶周りにはおしゃれさのために作られたとしか思えないアイテムが多い。そのひとつがティーコゼーである。tea cosy 、tea-cosy(アメリカでは tea cozy)、ここでは日本語表記としてティーコゼーということにするが、紅茶が冷めないようティーポットにかぶせるカバーのようなものである。キルティング生地が使用されていることが多く、可愛らしいデザインのものが多く、お茶会の席にひとつあるとテーブルが華やかになる。

三谷康之が著書『イギリス紅茶辞典』(日外アソシーエツ、2002年)で「紅茶の濃さ加減がちょうど頃合い(brewing time)に達した時を見計らって(中略)このカバーで保温しておく」と書いているように、できあがった紅茶が冷めないようにするためのものだろうが、筆者としてはその存在を疑問に思う。

紅茶教室の中にはポットで茶葉を蒸らしている間、お湯の温度が下がらないようにティーコゼーをかぶせると教えるところもある。しかし、紅茶を蒸らす時間は約3分。3分の間にお湯の温度がそれほど下がるのか? 仮に冬のキャンプ場のような寒い屋外でなら、お湯の温度は下がるかもしれないけど、このキルティング生地1枚をかぶせたところで保温になるのか? 紅茶専門店のカフェによっては、その店が独自で開発したステンレスのポットカバーを使用したりしているが、保温の効果があるかどうかは不明である。前出の三谷氏も「実際にはそこまでこだわって手間をかける人は多いとはいえないであろう」と書いている。

 

ディアドリ・ル・フェイ著『ジェイン・オースティン 家族の記録』(彩流社)

 

以前、あるマダムに依頼されて、お茶会でちょっとした紅茶のレッスンをしたことがあった。レッスンに使うものを事前にリストアップし、揃えてもらったのだが、必要ないと言ったのにティーコゼーが加えられていた。大きなニワトリの形をしたティーコゼーは場所を取り、レッスン台が狭くなるので脇に寄せておいたところ、

「先生、ティーコゼーは使わないんですか?」

と口を挟んできた。友達を家に招くのは自分が整えている暮らしの発表会みたいなもの。マダムは、自分のティーコゼーを友達に見せたかったのだ。赤いトサカのついたニワトリのティーコゼーは確かに可愛らしく、あるとテーブルが楽しくなる。実際には効果がないとしても「お茶が冷めないように気を使ってますよ」というアピールにもなる。

お茶とお菓子はホームパーティーのクライマックス。ティーコゼーは「褒められたい」という可愛い承認欲求を満たすための道具なのだ。

ティーコゼーが使われるようになったのは19世紀後半。オースティンの時代には間に合わなかったが、もし『高慢と偏見』の時代にあれば、ベネット家のお茶に将校ウィッカムが招かれた日には、五人姉妹も先を争ってポットにティーコゼーを被せたに違いない。

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

映画配給会社宣伝部勤務を経てライターに。大学時代、イギリスに遊学したことをきっかけに紅茶の魅力に開眼。リプトン・ブルックボンド・ティースクールで学んだ他、『不思議の国のアリス』『赤毛のアン』他、英米文学作品に描かれる「お茶の時間」を研究する。紅茶、日本茶はじめ世界のお茶を愛し、これまで飲んだお茶は1000種類以上。ツイッター:「モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!」