一杯の紅茶と英文学 最終回

  

最終回 『赤毛のアン』のお茶会

南野モリコ

 

お茶会は「素敵な暮らし」の発表会

世の中の女性全員を筆者と同類にしたら申し訳ないけれど、社会経験のある女性であれば、家をどんなにきれいに整えても、冷蔵庫にある食材だけで手際よく料理を作っても、誰に評価してもらえる訳でもないことを物足りなく感じることもあるだろう。かといって、「私ってこんなにおしゃれな料理を作っているのよ」、「息子は○○部でイケメンなのよ」、「私って家でもこんなに頑張ってるのよ」などと自分から言ったら、後からどんなにディスられるか分からない。だから見せたい自分はインスタグラムに載せるのだ。そして一番、見せたいものは、彩りよく盛りつけられた料理ではなく、遠くに無造作に置かれたバッグだったりする。まるで偶然写ってしまったかのようにさりげなく載せるのがコツである。承認欲求と言われるけれど、友達の間でちょっと認められたい、優位に立ちたいだけ。世界征服とか略奪愛とかと比べたらささやかなもの。女子の欲望とは「かわいい欲望」なのだ。

少し前の女子はそれを「ホムパ(ホームパーティー)」に仕込ませた。「お茶会」と呼んだ時代もあった。いつの世でも、女子が友達を家に招くのは、素敵な暮らしの「発表会」みたいなもの。それは『赤毛のアン』第21章にある、カスバート家がアラン牧師夫妻を招いたお茶会も同じである。

 

菱田信彦著『快読「赤毛のアン」』彩流社

 

モンゴメリ作『赤毛のアン』は、1979年放映のテレビアニメの影響もありタイトルは知られているが、イメージだけが一人歩きしているようにも見える。特に、作者モンゴメリがカナダ人であることを知らない人は多い。またカナダ自体、日本とは繋がりが薄い国かもしれない。『赤毛のアン』が出版された1908年、カナダは英国自治領、つまりイギリスの一部だった。『アン』の時代設定は19世紀末、ヴィクトリア時代であり、アンが女王を賛美するセリフもある。

『赤毛のアン』で当時のお茶会の様子が分かるエピソードは、第16章「お茶会、悲劇に終わる」と第21章「風変わりな香料」(1)の2つがある。『赤毛のアン』に登場する料理やお菓子をテーマにした関連書籍が数冊出版されていることから、人気の場面であることが分かる。お茶会は『赤毛のアン』のハイライトといっていいだろう。

お茶会とは、素敵な暮らしの発表会。第21章で、アンの養母であるマリラは、アヴォンリー村に新しく赴任してきた新婚の牧師夫妻を自宅であるグリーンゲイブルズのお茶会に招く。マリラはお茶会を2日間かけて用意し、16品もの軽食やお菓子を作る。

美しく聡明な牧師夫人のファンであるアンは、「レイヤーケーキを作らせて」とマリラに頼む。この時、アンは11歳。日本の少女も趣味でお菓子を作りたくなる年頃だが、ヴィクトリア時代にケーキ作りは趣味ではなく家事労働。牧師夫妻という村の要人を招いてのお茶会である。マリラがアンにケーキを任せるのも、この時代においては女の子も11歳にもなればレイヤーケーキを1人で上手に作れるようになっていなければならないこと、料理の能力に応じて世間の評判が決まってしまうことがゆるぎない前提としてあったからなのだ。(2)マリラは、孤児であったアンがレイヤーケーキを焼けるような立派な女の子に成長したことを牧師夫妻のお茶会で披露したかった。アンの教育こそが、マリラの「発表」したかったことなのだ。もっともアンは間違えて痛み止めの塗り薬を入れてしまい、レイヤーケーキは食べられない味に。マリラの「かわいい欲望」は叶えられずに終わったのだけれど。

 

モンゴメリ著、水谷利美訳『ストーリー・オブ・マイ・キャリア 「赤毛のアン」が生まれるまで』柏書房

 

ティーカップが紅茶をかわいくする

アンが香料の代わりに塗り薬を入れてしまう、有名な「レイヤーケーキ事件」は、作者のモンゴメリが実際に体験した実話が基になっている。昨年、再訳されたモンゴメリの自伝『ストーリー・オブ・マイ・キャリア 「赤毛のアン」が生まれるまで』で、モンゴメリが教師をしていた頃、下宿先の夫人が牧師を招いたお茶会で出したケーキがまさに「風変わりな香料入り」ケーキだった。お茶会では誰もケーキの味に突っ込むことはなかったようで、「牧師はケーキを一かけらも残さず食べた」ことをモンゴメリはユーモアたっぷりに書き記している。ヴィクトリア時代は特に女性には窮屈な時代だったと言われている。お茶会でも肩が凝ることが多かったのかもしれない。

 

小野二郎『紅茶を受皿で』晶文社

 

ところで、お茶会といえばティーセット。前回はポットに被せるティーコゼーについて触れたが、紅茶がかわいくなるのもテーブルを彩るポットやカップがあるからだ。第16章で「ダイアナを呼んでお茶会をしてもいいよ」とマリラに言われたアン。「薔薇の模様のティーセットを使ってもいい?」とねだるが、「あれは大事なお客さん用。子どもは茶色いカップで十分」と却下される。

紅茶を飲むティーカップには、日本茶の器と違って持ち手付きであり、ソーサ―と呼ばれる受け皿がついているが、それは欧米人が熱い飲み物に慣れていなかったことからこのような形の器が誕生したそうである。

中国から欧米に茶が輸入されるようになり、初めはティーセットも輸入に頼っていたが1750年にはロイヤルクラウンダービー窯が、1759年にはウェッジウッド窯が創業している。

 

 

安達まみ/中川僚子編著『<食>で読むイギリス小説』ミネルヴァ書房

 

18世紀の絵画にはティーカップを見せびらかすように持つ上流階級の人々が描かれているが、このカップには持ち手がなく、いかにも持ち慣れていない危なっかしい手付きである。

その後、熱い紅茶が飲みやすいようにカップにハンドルが付いた。ソーサーはなんと、カップから熱い紅茶を注ぎ直して冷ますのに使われたらしい。

このようにティーセットが改良されることでイギリスはじめ欧米人は喫茶に慣れ、お茶会に慣れ、モンゴメリが経験したような堅苦しいお茶会から現代のリラックスしたティータイムへと進化していったのであろう。

リア充を自慢したりされたり、女子の「発表会」は面倒なことも多いけど、それでもお茶会は素敵なのである。

 

参考文献

(1)モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』集英社、2000年

(2)ニコラ・ハンブル著、堤理華訳『ケーキの歴史物語』原書房、2012年

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

映画配給会社宣伝部勤務を経てライターに。大学時代、イギリスに遊学したことをきっかけに紅茶の魅力に開眼。リプトン・ブルックボンド・ティースクールで学ぶ他、『不思議の国のアリス』『赤毛のアン』他、英米文学作品に描かれる「お茶の時間」を研究する。紅茶、日本茶はじめ世界のお茶を愛し、これまで飲んだお茶は1000種類以上。ツイッター:「モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!」