オーラルヒストリー・三輪祐児 父と原発の記憶 第3回

  

第3回 プロローグ③:天皇と科学技術の信奉者

木村英昭

三輪祐児は2014年、弁護士の海渡雄一を訪ねた。海渡は「反原発へのいやがらせの歴史展」の主催者だった。

東京都新宿区にある海渡の法律事務所に足を運んだ。9月15日だった。三輪は、父が電通時代に記していた業務日誌や手帳など5点を海渡に渡した。

海渡は、反原発運動に関わる市民や弁護士らへ送られてきた嫌がらせの手紙のデザインや構成に、「広告関係の人間が絡んでいる」とにらんでいた。「広告のプロが腕をふるっているのではないか、簡単に作れるものではない、かなり手の込んだものだ」

海渡は業務日誌を一枚一枚めくっていった。三輪の父が、原発推進グループの一部となって働いていた姿を知る。そして、海渡は推理していた「犯人像」と三輪の父が重なった。

目の前の三輪は苦しそうだった。

三輪は「持っていたくない」と言い、持参した資料を海渡に託した。そして、父のことは口にすまいと決めた。それから約2年半が経った。

ところが──。

2017年1月2日。東京都千代田区麹町1丁目にある東京メトロポリタンテレビ(TOKYO MX)の『ニュース女子』で、沖縄・高江のヘリパッド建設工事に対する反対運動を「反対派は何らかの組織に雇われており日当2万円をもらっている可能性がある」と報じ、問題になった。その報道があった1月2日、三輪は取材で沖縄・辺野古にいた。放送倫理検証委員会(BPO)でも審議され、重大な放送倫理違反があったと判断された。

当時、東京MX前では、毎週のように抗議行動が行われていた。東京MXのすぐ近くには三輪が暮らしていた、かつての電通の社宅があった。食卓で父が吐いた「金が目当て」という言葉が重なった。

12回目の抗議行動があった同年4月13日、三輪は自ら自身のカメラの前に立った。そして、父のことを初めて公の場所で語り始めた。

──「ここに立つと父のことを思い出します。父は一人テレビを見ていた時、『水俣病の患者は金が目当てだ。だから食べちゃいけない魚を食べている。病気になっているふりをしている。それで賠償金を取ろうとしているんだ』という考えの人でした」

「私みたいに喋っていると、『あれは5,000円の金をもらっているんだ』と言っていた」

「今回のMXの原型はすでに50年前、少なくとも私の父親の頭の中にありました」──

独白は11分31秒続いた。父への批判だった。

ただ三輪は思う。「父は父なりに私を愛していたことは間違いない。『親の命令は天皇の命令』『お前らは兵隊、自分は将校』と言っていた。自分は正しいことをしていると信じて疑わなかった。だから、それを私に必死で与えようとした。父は父なりに私を愛していた」

「都会」や「科学」を無条件で正しいと信じ、「コンピュータ」が全ての問題を解決すると言っていた。天皇と科学技術の信奉者で、正義の人──それが三輪の父、正巳(まさみ)だった。

三輪は父のことを語り始めた。

「父、正巳は、1925年、鳥取県日野郡にある山あいの里で生まれました」

=敬称略
=つづく

 

 

[プロフィール]

聞き手・木村英昭 (きむら・ひであき) ジャーナリスト。ジャーナリズムNGOワセダクロニクル編集幹事。朝日新聞社を2017年8月に退社、早大を拠点にしたジャーナリズムプロジェクトの立ち上げに参加、現在に至る。

語り手・三輪祐児 (みわ・ゆうじ) 1953年生まれ。市民放送局UPLAN代表。東日本大震災を契機にジャーナリズム活動を開始。3500本以上の動画をYouTubeにアップし続ける。