僕がゲイで良かったこと 第4回

  

第4回 僕がゲイであること①

 

平良 愛香

 

 

 多分1回では書ききれないだろうと思う。ただ男性が好きだというだけの話ではないから。ゲイであるためには、男の人が好きであるのと同時に、自分も男性であるという自覚が必要だから。ではなぜ僕は自分を男性だと自覚しているのか? 男性器があるから? そうだとすれば、トランスジェンダーの人は存在しなくなる。ペニスが無くても「自分は男性である」という性自認の人はいるし、ペニスがあっても「自分は男性ではない」という性自認の人もいるのだから。男性器の有無は「あなたは男性ですよ」と言われる判断材料のひとつではあるだろうけど、自分が男性であると自覚するための証拠、根拠ではない。(そもそもペニスを「男性器」と呼んだ時点で、「男性」であることを強いられているような気がする。生物学的性(sex)が絶対的なものではなく、やはり人間がそのように定義したものであるという文化的・社会的性(gender)の一部だということを感じる)。ではなぜ僕は、自分が男性だという自覚を持つのか?

 僕は幼少のころからよく女の子みたいだと言われてきた。声は高めで髪も長め。ソフトな物腰であったし、そもそも「愛香」という名前を親からつけられていたので、女児だと間違われることが本当に多かった。(今でも名前だけだと女性だと間違われる。名前の由来については追々お伝えしますね。)でも、女の子になりたいと思った記憶はない。ゴム段跳びやチェーンリングのお手玉といった女の子に流行った遊びも好きで、よく女の子たちと一緒に遊んでいたが、同時に木登りや冒険も好きで、男友達ともよくガマにもぐって遊んだりした(あら、罰当たりかしら?)。編み物がクラスの女子に流行し始めたときは僕も一緒にいそしんだため、何人かの男子も興味をもって盛り上がった。

 クラスで男子に馬乗りが流行ったとき(2チームに分かれ、じゃんけんで勝ったチームが乗り手、負けたほうが馬方になる。馬方は親の股の間に頭を入れて馬を作り、その馬に次の馬が頭を入れ、両手は前の馬の足につかまることで数頭の馬のつながりができる。乗り手は後ろから馬に飛び乗り、全員が乗ったら馬方の親と乗り手の親がじゃんけん。また、途中で馬が崩れたら馬の負け。乗り手が落ちたり足を地面につけたりしたら乗り手の負け。乗り手は馬をつぶそうとして勢いをつけて飛び乗るし、馬は乗り手を落とそうとして揺さぶるし、けっこうハードなゲームだったため、実は教室では禁止されていた)は、僕につられて女子も加わり大いに盛り上がった。う〜ん、僕は幼い頃からジェンダーフリーな生き方をして、周りに影響を与えていたのかもしれない。親からは「男らしくする必要はない。自分らしくしろ」といつも言われていたし、泣き虫だった僕が泣いていると「男だったら泣くな、と世間が言うのは間違っているが、男だろうと女だろうと、いつまでも泣いていると鬱陶しくなるから泣き止め」と叱られた。スカートをはいてみたいと母に話したときは縫ってくれた。(今考えると、女の子になりたいというよりは、コスプレをしてみたかっただけだと思う。涼しそうだったし。)

 そんな中で、「自分は男じゃない」と感じたことはなかったし、第二次成長期を迎えてマスターベーションを知ったときは、自分の中の男性性に酔いしれて、毎日のように射精していた。初めて男性に抱かれたときも、自分が女になったなんて思わなかったし、アナルセックスで「受け」を経験したときも「楽しいな」「気持ちいいな」「一体になったな」とは感じたけど、「女になった」とは全く思わなかった。(逆に、挿入する側になったとしても「自分は男になった」とか「相手が女になった」とは全く感じない。)そもそも僕の中には、挿入するのが「男」で、挿入されるのが「女」だという感覚は全くない。

 少し話がズレたが、要は、僕が自分が男性だと自覚するのは、ペニスがあるからでもなく、周りからそう言われてきたからでもなく、セックスのときにどういう行為が好きだからということでもなく、「なぜか分からないけど、僕は自分が男性だと感じる」としか言えない。この自覚を、専門的には「性自認(gender identity)」と言う。(出た! アイデンティティ! ちなみに「gender identityを性自認と訳するのは間違いで、性同一性と訳すべきだ」と言っている人もいます)。この性自認についてはあまり深く考えたことがない人の方が多いかもしれないけど、改めて考えてみてもいいかもしれない。

「私はどうして自分を男だと思っているのだろう」
「私はどうして自分を女だと思っているのだろう」

考えてみると、実はとっても不思議なことなのです。

(つづく)

 

 

[ライタープロフィール]
平良愛香(たいらあいか)
1968年沖縄生まれ。男性同性愛者であることをカミングアウトして牧師となる。
現在日本キリスト教団川和教会牧師。