僕がゲイで良かったこと 第2回

  

第2回 「僕の3つのアイデンティティ」
  

平良 愛香

 

「僕の3つのアイデンティティ」という話をすることがある。アイデンティティとは自己同一性と訳されるけど、なんだかよく分からない。僕自身は「自分を構成するさまざまな事柄の中で、これを除いたら僕じゃなくなるかも」と感じるモノをアイデンティティと定義している。だから年齢や身長や体重などはアイデンティティにはなっていない。では好みとか趣味とか?
 好きなものはたくさんある。炭水化物大好き(パンをおかずにご飯を食べることができる)。ネコ大好き(イヌも好きですけど)。ゴロゴロするの大好き(日当たりのよい芝生などを見ると、スーツのままでもゴロゴロしたくなる)。童謡や唱歌を歌うの大好き(実は子ども番組の歌のお兄さんのオーディションを受けたこともある)。でも、好きなものに対する情熱が消えたとしても、僕が僕でなくなるわけではないだろう。では、仕事はアイデンティティ? そういう人もいるかもしれないけど、僕の場合、今の仕事を辞めたとしても僕であることは変わらないと感じる。
 そういう「削る作業」をしてみたとき、自分に残ったのは以下の3つだった。ゲイ(男性同性愛者)、ウチナンチュ(沖縄人)、クリスチャン(プロテスタント教会で牧師をしている)。でも、どれも一筋縄で語ることはできない。ゲイだって100人いれば100通りのゲイがいる。ウチナンチュと言っても当然人それぞれ違うし、クリスチャンと言っても想像をはるかに超える多様性がある。同性婚を支持するクリスチャンもいれば、聖書を用いて同性愛者を断罪するクリスチャンもいる。その中でどうして僕はクリスチャンで居続け(られ)るのか。父は沖縄生まれだけど、母は和歌山県出身という中で、どうしてダブル(ミックス)ではなくウチナンチュというアイデンティティを持ったのか。ゲイであることは性的マイノリティではあるけど、同時に「男性」という「既得特権」を用いて女性を抑圧する側になっていることが少なからずある。その中で、「同性愛者」ではなく「男性同性愛者」であるというのはどういうことなのかという問い。
 実は自分を「削った」ときに残る「アイデンティティ」って、「答え」ではなく、新たな問いが生まれることだと気づいた。皆さんの「アイデンティティ」って何ですか? 連載の中で、僕のアイデンティティを紹介しながら、一緒にいろいろ考えてみたいと思う。さて、どんな順番で書いていったらいいかな……。

 


[ライタープロフィール]
平良愛香(たいらあいか)
1968年沖縄生まれ。男性同性愛者であることをカミングアウトして牧師となる。
現在日本キリスト教団川和教会牧師。