僕がゲイで良かったこと 第11回

  

第11回 ちょっとクリスマスの話

「僕がゲイで良かったこと」について約1年書いてきましたが(そしてもう少し続きますが)、今月はちょっと話題を変えてクリスマスのお話です。(前回、「同性婚」について途中まで書いたので、その続きを待っていた皆さんにはちょっと申し訳ないのですが。)

 読者の皆さんはすっかり忘れておられるかもしれませんが、僕の本業はキリスト教の牧師です。(ときどき「プロテスタントですか? カトリックですか?」と尋ねられることがありますがプロテスタントです。「牧師」という名称はプロテスタントでしか使わないのです。「え? ゲイなのに牧師をしてるの?」という声も聞こえてきそうですが、それについてはまた後日。)ということで、ゲイ牧師の視点からの「クリスマスのお話」です。

 いきなりですがクイズです。次の4つの内容の中で、聖書に明記されていないのはどれでしょう。

 

1.イエス・キリストは12月25日に生まれた。
2.マリアは処女のまま身ごもった。
3.イエスは馬小屋で生まれた。
4.イエスの誕生を祝って、東の国から3人の博士(学者)が訪れた。

 

 正解は4つ全てです。4つとも聖書には記されていません。

 1.聖書にはイエスが生まれた季節については全く触れられていません。「その晩、羊飼いたちが野宿をして羊の番をしていた」と書いてあるので、それが史実であるなら夏ごろだったのではないかとも言われています。ではなぜ12月25日になったのか。古い昔、北ヨーロッパにあった「冬至のお祭り」が「光の復活を祝う祭り」であったということから、光や希望の到来であるキリストの誕生を祝う日と重ねられるようになったのだそうです。ですから正確にはクリスマスは「キリストの誕生日」ではなく「キリストの誕生を祝う日」なのです。ちなみに昔の暦では日没から日付が変わっていたため、12月24日の日没からクリスマスが始っていました。「クリスマス・イヴ」というのは、「クリスマス・イヴニング(クリスマスの夕方)」という意味であって、本来は「前夜」ではなく、「クリスマスが始まった夕方」のことだったのです。(厳密には25日の夜は、もうクリスマスではないことになりますね。でもご安心ください。キリスト教の暦ではクリスマスは1月6日まで続きます。元日になってもクリスマスのイルミネーションが灯っている教会があったら、それは「仕舞い忘れ」ではなく、「まだクリスマスだよ」という意味です。)

 2.については後述します。

 3.聖書には「マリアが生んだ赤ちゃん(イエス)は飼い葉おけに寝かされた。宿屋にはヨセフとマリアは入れなかったので。」ということを書いてあるだけで、「馬小屋」という言葉は出てきません。家畜が餌を食べる飼い葉おけにイエスが寝かされた、とあるので「家畜小屋」であった可能性は高いのですが、一般の家庭にいたのはむしろ馬よりも牛や羊だったかもしれない。ちょっとイメージが変わるかもしれませんね。聖書によると、イエスの生まれたころ、人口調査の登録のために人々(ユダヤ人たち)は生まれ故郷に帰らねばならなかったとあるので、どこの宿屋も帰省客で一杯になっていた可能性があります。だから身重のマリアを伴って旅をしてきたヨセフは、到着が遅れて宿がいっぱいで取れなかったのかもしれません。それだけではありません。当時は出産は「けがれ」と見なされていたので、身重の女性を泊めたくないと考えた宿屋もあるかもしれない。あるページェント(降誕劇。イエス誕生の物語の劇)の台本には宿屋の主人のこんなセリフがありました。「あんたがた、どこからきなすった? ほう、ナザレから? それはご苦労なことだったね。でもあいにくここには泊まれる部屋はないよ。いや、つめれば入れないこともないんだがね、あんた、お腹に赤ちゃんがいるね。もしうちのやどやで出産なんてされちゃ、困るんだよ。赤ん坊が泣いたらうるさくてみんなに迷惑がかかるし、第一、出産でけがれた女がいる、なんて知られたら、お客がほかに行ってしまうだろ。いや、私はかまなわいんだよ。でもほかのお客さんたちがいやがるからね。悪いけど、どっかほかを探しな。」

 なかなかシビアです。でも「私はかまわないけど、ほかの人たちが嫌がるから」といって責任を他者や社会に転嫁して排除に加担してしまう人間の様子って、(僕自身を含めて)あるある、なのかもしれません。身につまされます。

 ただ、ここで「宿屋」と訳されている言葉は、原語では「客間」とも訳される言葉なので、もしかしたら、「お客さん用の部屋にスペースは無かったので、家族スペースにヨセフとマリアは泊めてもらった。そこは土間もあって、家畜たちはそこにいた。生まれたばかりのイエスはそこで何人もの人に見守られていた」という解釈もあります。ちょっと嬉しい。

 4.東の国の博士(占星術の学者)たちは、黄金と乳香(アロマ)と没薬(もつやく。痛み止めの薬)を捧げた、と聖書にあるので、いつしか「3人の博士」「三賢者」などと呼ばれるようになりましたが、砂漠を越えて来たと思われるので、もっと大人数のキャラバンだった可能性も指摘されます。なぜこの人たちの到来が聖書に書かれているのか。イエスの誕生を「占星術の学者」が気づいて祝った、という箔をつける意味があったとも言われますが、占いを邪悪なものと考えていたユダヤ人たちにとっては「怪しい人たちが到来した」という意味にも取れる記述です。みんなから「ヘンな目で見られていた人たち」がイエスの誕生を喜んだ、というのがクリスマスの物語なんですね。ちなみにこの学者たちを原語で「マギ」と言います。「魔法・魔術」といった意味です。現在の「マジック」の語源です。(次号に続く)

 

[ライタープロフィール]

平良愛香(たいらあいか)

1968年沖縄生まれ。男性同性愛者であることをカミングアウトして牧師となる。
現在日本キリスト教団川和教会牧師。

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