あてにならないおはなし 第9回

  

第9回 「心身バラバラの意味を探る」

阿部寛

 

前回の文章を読んでくださった方から、予想外の、いやある意味予想通りの、感想が寄せられた。例えば、「苦労をしてきた人は、優しくなれる」とか。「青年期の試行錯誤が今の阿部さんをつくった」とか。「よく頑張って生きてこられましたね。わたしももっとがんばらなきゃ」とか。そして、自分のがんばりがまだまだ足りないと、自らを責め、自己否定を強めた人もいた。

そんな感想に、疑り深いわたしも、一方では、かなりうれしかったり、いい気になったり、他方、かつての自分と重ねて、「私はやっぱりダメだわ」と受け止めることもあるよな、とちょっぴりつらくなったりもした。

読み手にはそのひとなりの生きてきた文脈があり、共感するところも違和感を持つところも様々だなあ、と改めて感じた。私自身の弱さの情報公開をしたら、読み手が自身の体験や思いを「場」に差し出す。まるで、当事者ミーティングをやっているような感じだ。何はともあれ、読んでもらえているというのは、この上なくうれしいものだ。これが書き続ける原動力ともなっている。

 

さて、あの当時の自分を私なりに振り返ってみる。なんともぶざまで、ひたむきで、素直で、ずるくて、浅はかで、泣けちゃうし、笑えちゃう。思わず背中をさすり、ハグしたくなる。

今どきのことばで言うと「生きづらさを抱えた人」、それって俺のことじゃねえか。でも、この言葉は空疎だ。何かを語っているようで実は何も語っていない。

 

なんで心身バラバラになったのか。

なぜ精神科に行かなかったのか。

なぜ治そうとしなかったのか。

なぜ生活設計を立てなかったのか。

なぜ働こうとしなかったのか。

なぜがんばらないのか。

 

今でも、その問いは解けない。もっと言うと、いまはこういう問いを立てない。

直観だが、「これは病気ではなく、生きる苦労だ」と、当時の私は思っていたのではないか。その考えは今も変わらない。

 

同時期に上京した親友の一人が、私とそっくりの心身状況を抱え苦しんでいた。彼は、慈恵医科大学病院の精神科に通院し、「自律神経失調症」と診断されて、森田療法による治療を受けていた。森田正馬(もりたまさたけ、1874〜1938年)が開発した「神経症」の治療法で、いまでいうなら強迫性障害、社交不安症、パニック障害、心身症などと呼ばれている症状への治療法である。

親友のアパートに訪問するたび、森田療法による治療法の実際を聴き、森田正馬の著書を読んだ。森田の本に出てくる患者の実例は、私そのものだった。森田が提示した神経質性格は内向的、自己内省的、小心、過敏、心配性、完全主義、理想主義、負けず嫌い、などですべて私にあてはまる。そして、この気質を基盤として「精神交互作用」と「思想の矛盾」という2つの「とらわれの機制」の心理的メカニズムに陥る、という。私の心身状況をこれほどまでに的確にとらえた理論と治療方法はなかった。

例えば、突然襲った腹痛や心臓の動悸に対して強い不安を覚え、腹部や心臓部に注意が集中し、ますます腹部や胸の痛みを敏感に感じ取り不安が増幅するという悪循環に陥る。「精神交互作用」である。

また、不安や恐怖の感情や身体感覚に対して「こうあってはならない」「こうあるべきだ」という思考によってコントロールしようとする構えが強く、そこに不可能を可能にしようとする葛藤が生じる。「思想の矛盾」である。

みなさん中にも、そういう傾向や思考をお持ちの方がいるのではないだろうか。森田療法の卓見は、神経症固有の見立てと治療法ではなく、多くの人に当てはまる生きる苦労との向き合い方だ、という点にある。薬物治療はせず、人生を無理なく生きる「あるがまま」の肯定であり、生活態度と言っていいと思う。

しかし、この思考と生活態度の獲得は、私にとってかなり難しかった。神経症気質特有のかたくなさ、完全主義がいろんな場面で邪魔をした。呼吸法によりパニックを収めようとすると、そのコントロール思考が逆作用して大パニックとなる。日々の生活記録を記述すると、己の現実と理想のギャップに自己否定が深刻化する。例えば、明日は午前7時に起きようと計画を立てて、翌日午前8時に起きると、この1時間の遅れが絶対許せない。

日常生活のあらゆる場面で、思想の矛盾に出くわし、身動きが取れなくなる。昼夜逆転の生活、からだに慢性疲労感を抱える、頭痛、微熱、のどの痛み等、風邪とそっくりの症状が続く。外出できなくなり、味覚が変調をきたし、食べられなくなる。

「精神交互作用」と「思想の矛盾」が織りなす「とらわれの機制」の状態が一気に噴き出していた。そんな苦悩の中で、「予定の時間に起きられなかった(という否定的感情)」から「8時に起きた(という事実の確認)」という「否定の棚卸から事実の棚卸」を続ける。今ある現実を受け入れ、不安の只中にとどまり、できないことの「いいわけ」をせず、ささやかでもできることに全力を尽くす。「一瞬一生」「不安常住」「あるがまま」を念仏のように唱えて、一日一日を生きてみた。

そして、おのが姿から目をそらさず、見つめ続けた。

 

いまでも、神経症気質は治らない。治さない方が良いとさえ思っている。様々な矛盾に葛藤し、苦悩する身体を持ちえたことは、幸せなことだと思う。あるがままに、わがままに人生を表現できることは、ありがたいことだと思っている。そして今日もなんだか調子悪い。調子が良いという状態がなんだかよくわからない。これが私の現実だ。

 

森田療法について御関心のある方は、次の情報・書籍をご参照ください。

東京慈恵会医科大学森田療法センターHP

〇森田正馬『神経質の本態と療法』(白揚社)

〇帚木蓬生『生きる力〜森田正馬の15の提言』(朝日新聞出版)

 

(つづく)

 

 

[ライタープロフィール]

阿部寛(あべ・ひろし)

1955年、山形県新庄市生まれ。生存戦略研究所むすひ代表。社会福祉士。保護司。

20代後半から、横浜の寄せ場「寿町」を皮切りに、厚木市内の被差別部落、女性精神障害者を中心とするコミュニティスペースで人権福祉活動に取り組む。現在は、京都を拠点として犯罪経験者・受刑経験者、犯罪学研究者、更生保護実務者等とともに、ひとにやさしい犯罪学、共生のまちづくりを構想し共同研究している。

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