赤毛のアンのお茶会 第9回

  

第9回 なぜアンはジョーシー・パイと友達なのか?

南野モリコ

 

なぜか仲間はずれにならないジョーシー・パイ

 

『赤毛のアン』がきっかけで欧米の喫茶文化のとりこになった筆者が、第21章の「レイヤーケーキ事件」を中心に、「お茶」をキーワードに作品を深読みするコラム、第9回です。

NHKで放送されているカナダ製作のドラマ『アンという名の少女』が話題になっていますね。原作のイメージを守りつつも現代の解釈で大胆に翻案された部分もあり、『アン』読者以外のファンも巻き込んでいるようです。ドラマをきっかけにこのコラムを見つけた皆さんも、「ふーん、こういう見方もあるのね。パフスリーブ、素敵」と言いながら、気楽にお読み頂けると嬉しいです。

 

(村岡花子訳『虹の谷のアン』新潮社、2008年)

 

 

さて、筆者は『赤毛のアン』シリーズに登場する人物名をリストにするという気の長い作業をしています。『アン』シリーズには、凄まじい数のキャラクターが登場しており、その総数は全12冊通して2500人は超えるだろうと予想しています。そして、そのほとんどが、アンをはじめとした村の女性たちがこぞってするゴシップの登場人物です。『虹の谷のアン』第2章では、グレン村の牧師候補となったロジャース氏について、ミス・コーネリアは「オートミールに浮いている野菜の屑みたいな人」とこき下ろしています。オートミールに浮かんだ野菜の屑。こんな感動的な陰口があるでしょうか。ボキャブラリー豊かな悪口こそ、アン・シリーズの魅力といえます。『赤毛のアン』の物語に深みを与えているのはアヴォンリー村に少なくはない個性的な嫌われ者キャラなんですね。

その代表的な登場人物がジョーシー・パイです。アヴォンリー村小学校の女子グループで唯一、アンに敵意をむき出しにする、「パイ家の人間だから」の一言ですべてが語られるジョーシー・パイ。見た目がかわいい訳でもなく、ファッション・センスがいいわけでもなく、男の子に人気がある訳でもなく、テストの時にはカンニングをして一番になるような卑怯なことをしているにも関わらず、家が裕福だというだけで、学校で威張っている、お馴染みのジョーシー・パイです。

ジョーシーが登場するのは、アンがアヴォンリー村小学校に登校し始める第15章です。小学校初登校の日、アンはマリラに、学校の女の子がどんな風に自分を歓迎してくれたか話しますが、その時にジョーシーの名前は挙げていません。つまり、ジョーシー・パイは孤児のアンを歓迎しなかったということでしょうね。ニュー・ブランズウィックの親戚の家から帰ったギルバートが初めて登校した日から、ジョーシーは登場するようになります。「にんじん事件」を起し、授業中に黒板の前に立たされた時に、意地の悪い薄ら笑いを浮かべているのを見てからアンとジョーシーの関係は始まるのです。

でもその割には、ジョーシーはアンの日常によく登場します。第23章のダイアナが開いたパーティーでは、ジョーシーがけしかけたために、アンは屋根から落ちて怪我をするし、クィーン学院に入学した日にも、ジョーシーはアンに嫌味を言うためにわざわざ下宿まで訪ねてきます。

クィーン学院を卒業して村に戻ってくれば、ステラ・メイナードと親しかったことを嫌がらせのようにダイアナに話しています。仲が悪い割には距離が近いですよね。

とはいうものの、物語クラブにはダイアナ、ジェーン・アンドリュース、ルビー・ギリスしか誘っていませんし、エレーンごっこにもジョーシーは加わっていません。アンも他の女の子たちも、ジョーシーとはほどほどの付き合いをしながら友情を保っているんですね。

 

こんなジョーシーですが、『赤毛のアン』読者には少なからず愛されているような気がします。アンの読者で、職場の嫌な女性のことを「パイ家」とあだ名をつけている人の話をたびたび耳にします。パイ家という名前が悪役としてインプットされているのは、ある意味チャーミングだという証拠でしょう。アヴォンリー小学校の女の子の中に親族のガーティー・パイ以外に一緒に遊ぶ友達もいなさそうなのに、自分に自信があるなんて芯の強さを感じます。時代が違えば主人公になれたキャラかもしれませんね。

しかし、なぜアンはジョーシーと友達でいるのでしょうか? アンはジョーシーを好きではありません。しかし、彼女の欠点を「許す」ことを試みていると思うのです。第32章でアンは、クィーン学院の入試でジョーシーと行動を共にした日、「ジョーシーを好きになるのは難しい」とダイアナに手紙を書くことでストレスを発散させています。モンゴメリはジョーシー・パイほか嫌われ者の登場人物を何人も登場させることで、人の欠点を「許す」ことを描いているのではないでしょうか。『炉辺荘のアン』第34章では、ブライス家のスーパー家政婦のスーザン・ベイカーがお針の会で、ブライス家にやってくる村の女性たち、一人ひとりを心の中で嘲笑う圧巻の数ページがありますが、そうやって悪態をつきながらも家に迎え入れています。たくさんの人に囲まれて生きていくということは、人の欠点を許しながら生きていくということです。モンゴメリの悪口好きは、人間好きの裏返しなのでしょうね。ま、単なる深読みですけど。

 

薔薇のティーカップのお茶は「日本茶」だったかも

 

話は変わり、『赤毛のアン』が出版されたのは1908年ですが、モデルとなった時代は1880年代後半といわれています。更にいえば、1889年から1890年頃だったのではないかなと筆者は考えています。第9章でリンド夫人がインフルエンザにかかったとありますが、1889年から1890年、ヨーロッパ、アメリカでインフルエンザが大流行しています。第18章で、マリラとリンド夫人は、カナダ首相の演説を聞きにシャーロットタウンに出かけていますが、カナダの初代および第三代首相ジョン・アレクサンダー・マクドナルドがプリンス・エドワード島に訪問したのは1890年のことでした。その頃、モンゴメリは14歳から15歳。ステイシー先生のモデルとなった、モンゴメリが大好きだったゴードン先生のことを日記に書いているのは1889年です。

 

(ダグラス・ボールドウィン著、木村和男訳『「赤毛のアン」の島 プリンスエドワード島の歴史』河出書房新社、1995年)

 

ところで、『赤毛のアン』には大小含め「お茶」が出てくる場面が7か所ありますが、アンやマリラ、リンド夫人はどんなお茶を飲んでいたと思いますか? カナダがイギリス領だったことから、アンは紅茶にミルクを入れて飲んでいたと思うのではないでしょうか。グリーンゲイブルスでも牛を飼い、乳しぼりをしていましたしね。しかし、ダグラス・ボールドウィン著、木村和男訳『「赤毛のアン」の島 プリンスエドワード島の歴史』(河出書房新社、1995年)によると、1931年になるまで牛乳がそのまま人間の口にはいることはなかったらしいのです。作品本文を見てもお茶にミルクをいれているらしい表現はありませんよね。

アンのお茶会に出されたのは紅茶ではなく、緑茶、それも日本から輸入されたお茶だったのではないかなと筆者はにらんでいます。1912年日本政府発行の『茶業ニ関スル調査』によると、19世紀末のカナダは、イギリス、ロシア、アメリカ、オーストラリアに次ぐ、欧米で4番目の茶の消費国だったのですが、1888年の茶の輸入量を見ると、緑茶の輸入量が約990万ポンド、紅茶の輸入量が約750万ポンドと、緑茶の輸入量の方が多いんです。しかも、緑茶も紅茶も日本からの輸入量が多く、緑茶は日本からの輸入がシェアナンバーワンです(日本の紅茶生産は1874年頃から盛んになっていた)。アラン夫人をお招きした時にテーブルの上にあったのも、リンド夫人がベッドカバーを編む手を休めて口に運んでいたのも、日本から輸入された緑茶だったのかもしれません。そうだったら面白いなという話です。ま、単なる深み読みです。

 

参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』集英社、2000年

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

映画配給会社宣伝部勤務を経てライターに。大学時代、イギリスに遊学したことをきっかけに紅茶の魅力に開眼。リプトン・ブルックボンド・ティースクールで学ぶ他、『不思議の国のアリス』『赤毛のアン』他、英米文学作品に描かれる「お茶の時間」を研究する。紅茶、日本茶はじめ世界のお茶を愛し、これまで飲んだお茶は1000種類以上。ツイッター:「モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!」

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