赤毛のアンのお茶会 第6回

  

第6回 なぜマリラはアンに料理を教えたのか?

南野モリコ

 

料理は女子の最強スキルと知っていたマリラ。

 

『赤毛のアン』がきっかけで欧米のおもてなしカルチャーに目覚め、英米文学に出てくる「お茶」というワードに必要以上に反応してしまう筆者が、『アン』に出てくる「お茶の時間」を深読みするコラム第6回です。「ふーん、こんな読み方もあるのね。アニメ版『赤毛のアン』の再放送でも見よ」と言いながら、気楽にお読み頂けると嬉しいです。

 

本題に入る前に、先月のコラムの補足をさせて頂きます。私のツイッターに寄せられた感想を読むと、「家庭招待会」の説明が分かりにくかったようですね。再度、説明させて頂きますと「家庭招待会」とは、ヴィクトリア時代のイギリス、アメリカ、カナダという北米エリアで、地域の住人同士が定期的に家を訪問して軽く近況報告をし合う、近所付き合いのマナーともいえる習慣です。

「家庭招待会」という訳語があてられていますが「お茶会」ではありません。岩田託子・川端有子著『図説 英国レディの世界』(河出書房新書、2011年)では「訪問」と訳されています。

 

家庭招待会という習慣は、映画や小説にもよく登場します。映画『Emma エマ』でも、エマが階級が下の女性を訪ねないことをミスター・ナイトリーに咎められる場面がありましたよね。日本にはない習慣なので二人の会話にはちょっと違和感が残ります。あくまで目的は「顔見せ」です。このような「家を訪ね合う」習慣があったからお茶会の文化が生まれたのかもしれませんね。

 

さて、新型コロナウィルスの影響で、私たちは社会との関わり方を変えざるを得ない状況に立たされています。このようなことを書くのは不謹慎であると重々承知の上で敢えて書くのですが、家と社会の中間地点である「もてなし」がどのように変わっていくのか。「社会と家」について日々考えている筆者としては実に興味深い時代になってきました。

 

岩田託子、川端有子著『図説 英国レディの世界』河出書房新社、2011年

 

『赤毛のアン』をよく知らない人にとっては、『アン』というと料理のイメージがあるようです。マリラがアンに料理を覚えさせようと仕込むからですね。アン自身はキッチンにいる間も空想にふけっているし、情熱を燃やしているのは学校でギルバートよりいい成績を取ることで、料理にはそれほど興味はないのですけどね。

 

そんなマリラの教育の集大成となったのが「レイヤーケーキ事件」が起こった第21章でした。そのことについては、本コラム②『アンのお茶会は誰のため?』に書きました。

 

しかし考えてみれば、料理より農作業を仕込んでもよかったのではないでしょうか。カスバート家が孤児院から子どもを引き取ろうと決めたのも、農作業を手伝わせたかったからです。アレグザンダー・スペンサー夫人の手違いでアンがカスバート家にやってきますが、女の子のアンを引き取ることに決めたのなら、アンに農作業を教えてもいいように思います。

 

「女の子は農作業の役に立たない」と言いますが、実際には女の子でも農作業はできます。モンゴメリも少女時代、祖父母の農場を手伝っていますし、今の日本でも「農業女子」が注目されていますよね。

 

なぜマリラはアンに農業ではなく料理を仕込んだのでしょうか? 筆者としては、料理は女の子が社会で生き抜くのに強力なスキルになるからだと深読みします。

 

アヴォンリー村主婦階級のトップに君臨するリンド夫人

 

『赤毛のアン』のスピンオフとして出されている関連本も、ケイト・マクドナルド著『赤毛のアンクックブック 料理で楽しむ物語の世界』(原書房、2018年)など、アンと料理を結びつけるものが多くあります。料理好きで家庭的な主人公となると、社会性に欠ける保守的な女性なのではというイメージを読者は持つかもしれません。

 

しかし、『「赤毛のアン」の挑戦』(宝島社、1994年)で横川寿美子氏が述べているように、『赤毛のアン』に登場する料理総計35種類は、お茶会という社交の場に出される「もてなしの料理」であって、純粋に家族のために作る料理ではありません。

 

『赤毛のアン』シリーズでアンが料理を作る場面はほとんどありません。ギルバートと結婚してからは、料理をするのはスーザン・ベイカーという家政婦です。

 

『赤毛のアン』において料理というのは、家族のために作るということ以外に、もっと社会的な意味を持っているような気がします。

 

実際、料理のスキルが社会生活でも武器になることは多いと思います。学校や職場に持っていくお弁当や、子どもの運動会や遠足、野外のプチパーティーで、素敵な手料理が作れるとコミュニケーション量が増えます。地域のイベントで大量のおでんを手際よく作ったり、焼きそばを取り分けるのが上手かったり、そんな人の周りには自然と人が集まってきます。

 

アヴォンリー村の主婦社会では、料理を社会的なスキルとする傾向がより強いと思われます。

 

村には牧師や教師のような資格がなくてはできない職業の人はごく一部であり、ほとんどの家庭が農場を経営する農家です。その規模は似たり寄ったりで、夫たちは社会的な地位とは無縁です。そんなアヴォンリー村のコミュニティーで「家」としての格を決めるのは、夫ではなく主婦なのです。つまり、料理がうまく家事能力が高い主婦がいる家がアヴォンリー村のヒエラルキーで上位に君臨できるのです。

 

その例がまさにリンド夫人です。第1章で「ベッドカバーを16枚も編んだ」と村の主婦たちに噂されていると書かれていますが、リンド夫人も趣味で作っているわけではありません。そのベッドカバーはすぐ使われるのではなく、結婚式などの祝いの品として使われる目的で保管されるのです。アンも結婚する時にリンド夫人から贈られています。村の牧師を選ぶのにも意見をし、教会の活動の中心人物でもあるリンド夫人のゆるぎない地位がここで明らかになっています。

 

料理ができ、家事のやりくりが上手い女性がいる家が人々から尊敬され、力を持っていくわけです。アヴォンリー村の主婦たちにとって家事はやりがいがある仕事だったに違いありません。マリラがアンに料理を厳しく仕込むのも当然です。

マリラがアンに農作業ではなく料理を仕込むのには、アンを将来使える女性に育てたい、そしてカスバート家の階級を上位に上げたいという野心からだと思います。ま、単なる深読みですけどね。

 

参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』集英社、2000年

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

映画配給会社宣伝部勤務を経てライターに。大学時代、イギリスに遊学したことをきっかけに紅茶の魅力に開眼。リプトン・ブルックボンド・ティースクールで学ぶ他、『不思議の国のアリス』『赤毛のアン』他、英米文学作品に描かれる「お茶の時間」を研究する。紅茶、日本茶はじめ世界のお茶を愛し、これまで飲んだお茶は1000種類以上。ツイッター:「モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!」

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