赤毛のアンのお茶会 第20回

  

第20回 なぜアンの物語は6月から始まるのか?

南野モリコ

 

 モンゴメリ『赤毛のアン』への想いをひたすら書き綴る当コラム。なんと連載20回となりました。1日の大半の時間はアヴォンリー村を妄想して過ごし、ドラマ『アンという名の少女』シーズン2が始まってから、外国人とすれ違う度に、「もしかしてギルバート役のルーカス?」と無駄な二度見をしてしまいます。「ふーん、そんな人もいるのね。バター付きパンでも食べよ」と、お気楽な気持ちで読んでいただけると嬉しいです。

イラスト:夢野みよこ

 

『赤毛のアン』で重要なのは、時代ではなく「季節」

 『赤毛のアン』は、モンゴメリの少女時代をモデルとしており、描かれるエピソードから、時代設定は1880年代後半頃ではではないかと言われていますが、具体的に何年であるかは明言されていません。しかし、それが何月のできごとであるのか、各章ごとに細かくナレーションされています。

 『赤毛のアン』、『アンの青春』、『アンの愛情』の3部作は、それぞれ同じ月に物語が始まり、終わっています。『赤毛のアン』は、6月のはじめにアンがアヴォンリー村にやってくるところから始まり、クイーン学院を卒業した5年後の6月に終わります。同様に、『アンの青春』は8月、『アンの愛情』は9月に始まり、終わっています。アンの物語に重要なのは、時代ではなく季節なのですね。

 日本では6月は初夏ですが、冬が長いプリンスエドワード島では、6月は花々が咲きそろい、夕暮れ時には澄んだ蛙の声が聞こえる力強い春です。

 『アン』はモンゴメリ初の長編小説です。執筆当初は続編を書くことを想定していなかったものの、出版が決まってからは、『青春』、『愛情』を含めたアン・シャーリー3部作として構想を練ったに違いありません。モンゴメリは、自分が育った島の生き生きとした生命力が溢れる春、夏、秋という季節を、3作品を通してひとつの絵巻のように描いたのだと深読みしました。

 

アンの物語が6月に始まるのは、クイーン学院卒業の晴れ姿を描くため?

 では、なぜモンゴメリはアンの物語を6月から始めたのでしょうか?

 第2章で、マシューの馬車で村にやってきたアンが、薄暮の紫に染まる花盛りの果樹園、もみやかえでなどの木々、水面に映る野生のすももの花や明かりの灯る家々に心ときめかすのは、「ああ、きっとこの少女は、この村に住むようになり、人々に愛され、幸せになっていくだろうな」と思わずにいられない、色鮮やかな場面です。

 しかし、実際にモンゴメリが描きたかったのは、エイブリー奨学金の栄誉を手にクイーン学院を卒業し、マシュー、マリラとともにアヴォンリー村に帰ってくる場面だったのではないかと深読みしました。

 アンが手にした幸せとは、「女の子だから」という理由で孤児院に送り返されそうになった少女が、大学進学のチャンスを掴み、家族を得るだけではなく、その家の家長になっていくだろうという約束された未来です。

 第36章で、クイーン学院を卒業したアンは、卒業式に出席したマリラ、マシューと共に懐かしい我が家に帰ってきます。行く手に見えるのは、林檎の花が咲き、春が力強く芽吹く、11歳のアンが村に来た時と同じ6月のアヴォンリー村。

 モンゴメリは、この将来の希望に輝くアンを「家=ホームができて嬉しい」と喜ぶ幼いアンと重ねさせるために、物語を6月から始めたのではないかと深読みしました。

 小説は、先にラストシーンをきっちり固めてから、そこに向かって書き進めると言いますからね。ま、単なる深読みですけどね。

 

 

参考文献
モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

 

 

[ライタープロフィール]
南野モリコ
『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。
Twitter:モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!ID @names_stories

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