赤毛のアンのお茶会 第15回

  

第15回  なぜアンは髪を緑色に染めたのか?

南野モリコ


 新年度が始まりましたね。春は新しいスタートの季節。髪型を変えて気分一新している人も多いのではないでしょうか。筆者のモリコも、アン研究家らしく髪を赤くしようかな、なんて考えがふとよぎります。そんな時に思い出すのが、『赤毛のアン』第27章の「緑の髪事件」です。

イラスト:夢野みよこ

 

緑の髪事件は「女の子が髪を切る」物語

『赤毛のアン』第27章で、アンはドイツから来たというユダヤ人の行商から「どんな髪もきれいな黒髪に染まる」髪染めを買い、コンプレックスの赤毛を黒く染めようとして、これ以上ないほどグロテスクな緑色にしてしまいます。この笑えるような泣けるような失敗譚を、筆者は「身の毛もよだつ緑の髪事件」と名付けることにします。

 小学4年生で初めてアンを読んだ時、この場面は白雪姫が魔女のりんごを食べるのと似ていると思いました。実際、りんごは誘惑のメタファーであり、章のタイトルになっているVanity(虚栄心)とリンクします。 この事件の時、アンは13歳。赤毛を嫌っているだけの11歳の少女が、13歳になって髪を染めるというアクションを起していますから、2年間の成長を感じます。「可愛いは作れる」という雑誌の見出しにときめく女子中学生みたいです。

 この「身の毛もよだつ緑の髪事件」は、「こうなったら切るしかないね」という、マリラの一言で解決します。この章は、タイトルに「虚栄心」というワードを使い、アンの自己顕示欲に罰が当たる教訓話のように見えます が、実は「女の子のショートヘアも髪型としてアリよ」というメッセージが隠されているのではないかと筆者は深読みしました。

 同じ時代の文学作品である『若草物語』(1868年)や『賢者の贈り物』(1905年)には、女性が髪を切ることは、長い髪を売って家族や恋人のためお金にする、すなわち自己犠牲の行為として描かれています。「身の毛もよだつ緑の髪事件」は、これら文学作品のパロディーの意味もあるでしょう。

 それにしても、「髪を切るしかない」という結論に至るマリラの斬新さ、そして、「男の子と間違って」孤児院から送られてきたアンが、女性の象徴である長い髪を切ることには、ジェンダーの問題に切り込もうとするモンゴメリの挑戦があるのではないかとも思うのです。

 モンゴメリ自身、写真を趣味にしたり、自家用車でドライブを楽しんだり、新しい時代に向かっている女性でした。アンの短い髪は、男女平等を意味していたと言ったら深読みしすぎでしょうか。ま、次の章に入るとアンのショートヘアはすっかり忘れられてしまってるんですけどね。

 

ショートヘアはジェンダー平等のシンボル

『赤毛のアン』がボストンのペイジ社から出版されたのは1908年。欧米でショートヘアが流行するのは1920年代です。

 ヘレン・レイノルズ著、徳井淑子監修『帽子とヘアスタイル』(ぽるぷ出版、2014年)によると、ボブスタイルが登場した1920年頃はイギリスやアメリカで女性が参政権を得た時期で短い髪は男女平等のシンボルとなったとか。


『赤毛のアン』は「身の毛もよだつ緑の髪事件」の他にも、髪型の話題にしばしば触れています。

 第26章では、13歳になったダイアナが「あと4年したら髪をアップにできる」と言っています。そして、「アリス・ベルは16歳なのにもう髪をアップにしている。私は17歳になるまで待つわ」とも。女の子は髪が長いことが大前提であり、ヘアスタイルも慣習に従うことが正統派であること分かります。

 美人で恋愛体質のルビー・ギリスは、クイーン学院に入学した14歳で髪を結い上げています。でも、それは親から離れた下宿にいる時だけ。

 人より早い年頃から髪を結い上げて美しいうなじを見せることが、アンの時代には髪型で自己主張することだったのでしょうね。今の日本の女子中高生が先生に見つからないように、こっそりメイクをしたりパーマをかけたりするのと同じです。

 アンは髪型で自己主張する少女ではないように思います。菱田信彦著『快読 「赤毛のアン」』(彩流社、 2014年)にあるように、パフスリーブに憧れるのも、赤毛を黒髪に染めようとするのも、自己主張というより、平均的でありたいと願っているからです。アンが自由に楽しもうとするのは、ファッションより頭の中なのでしょうね。

 前出『帽子とヘアスタイル』によると、女性のショートヘア(ボブスタイル)が定着したのは1960年代。女性の社会進出が進み、髪型を整えることに時間をかけていられなくなったことが1つの理由です。

「緑色の髪では外を歩けない」と嘆くアンに髪を切ることを提案したのはマリラでした。 みんなと同じような服装をしてきれいになりたいというアンの少女らしい虚栄心を諫める常識的な態度を示しつつも、大胆かつ現実的な発想をしたマリラは、やはり進んだ女性だと感嘆するしかありません。

 今月は深読みしすぎたでしょうか。どうも最近、『赤毛のアン』の主人公がマリラとしか思えなくなって困っています。


参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

 


[ライタープロフィール]


南野モリコ

『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。Twitter: モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!

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