耳にコバン 〜邦ロック編〜 第5回

  
耳にコバン 〜邦ロック編〜 第5回

第5回 「あ」とか「ザ」とか

コバン・ミヤガワ

 

ついつい「あ」が出る。

無意識に「あ」が出るたびに、心の中でも「あっ」と言っている。

 

いつものようにコンビニやスーパーに行って、買うものをカゴに入れ、レジに向かう。

「ポイントカードはお持ちですか?」と店員さん。

「あ、持ってないです」とボク。

「お箸はご利用ですか?」と店員さんがまた尋ねる。

「あ、いらないです」と答える。

 

最近この「あ」がすごく気になっている。

会計で受け答えするとき、ついつい「あ」と頭に付けてしまうのだ。

 

本来「あ」というのは、不意を突かれた時に咄嗟に出てしまうものだと思う。

想定外の質問に対し「あっ、それは〜です」みたいな感じ。

あるいは「あっ、〜だ」というように、何かに気がついた時。

 

コンビニのレジなんかは、毎回聞かれることはほとんど変わらない。

ポイントカードの有無、箸やストローはいるか、レジ袋はいるか、弁当は温めるか。

つまり、聞かれることは全て想定できているのだ。無論、答えも想定済みである。

にも関わらず、なぜか「あ」と口から出てしまう。

 

この癖についてしばらく考えた。

 

別に嫌なわけではない。無意識に出てしまうのが何だか歯痒くて気になってしまう。

「いや、いらないです」とか「いや、大丈夫です」なら理解できる。

ついつい口に出てしまうと「また言っちまったよぉ……」と、自分で自分が少し恥ずかしくなるのだ。

 

最早一つの定型文みたくなっているのかもしれない。

冠詞のaみたいなものかもしれない。

 

「ア、いらないです」

いや、英語だったら「アン、いらないです」になるか。

 

今度theにして言ってみようかしら。

「ザ、持ってないです」

「ジ、イラナイデス」

メタルのバンド名みたいだ。

何を言っているんだか。

 

あれこれ考えた。

 

考えた挙句、ボクは「ポイントカードはお持ちですか?」の問いに対し「持ってないです」だけでは、何だか冷たく答えているような気がしているのだと思う。

全くそんなこと思っていなくても「持ってないですけど、何か?」みたく聞こえてしまうのが怖いのだ。

 

ところが頭に「あ」が付くとどうだろう。急にソフトになる気がするではないか。

「あ」が付くだけで、少し優しい口調になる。

「すいません、持ってません」と言ったニュアンスになる。

 

そう考えると、無意識のうちに出るこの癖もそう悪くはあるまい。

皆さんはどうでしょう? 「あ」はどんな時に出るでしょうか。

 

さて今月は2021年の始まりにふさわしい、パワー溢れる超有名バンドを一緒に聴いていきましょう。

 

皆さんご存知ザ・ブルーハーツ(THE BLUE HEARTS)です!

こっちは「あ」じゃなくて「ザ」ですね。

「ザ」ってやっぱりバンドっぽい。

 

パンクロックのレジェンド的バンドである。

パンクのサウンドやスタイル、ファッションを日本中に広く知らしめた。

 

歴史に残る名曲を数々生み出し、いまだに人々を魅了し続けるブルーハーツ。

今回は、そんなブルーハーツの魅力を再確認していきたい。

 

ザ・ブルーハーツは1985年に結成され、87年に「リンダリンダ」でメジャーデビューを果たす。

 

誰もが知るあの名曲である。

 

 

ボクも思い入れが強い。

中学生の頃、ギターを買ってもらって、初めて弾いた曲が「リンダリンダ」だった。

 

AとかGとかDとか、覚えたてのコードをジャカジャカ弾き鳴らし「リンダリンダー!」と1時間でも2時間でも歌っていたものだ。

それだけでとっても嬉しくて、ロックスターになったような気分だった。

 

やはりなんと言ってもボーカル、甲本ヒロトとギターの真島昌利(通称マーシー)の歌詞が秀逸である。

シンプルでストレート、しかしながら他の誰にも書けない世界。

 

早速歌詞を見ていきたい。

 

ドブネズミみたいに美しくなりたい

写真には写らない美しさがあるから

 

リンダリンダ リンダリンダリンダ

リンダリンダ リンダリンダリンダ

もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら

そんな時はどうか愛の意味を知って下さい

リンダリンダ リンダリンダリンダ

リンダリンダ リンダリンダリンダ

(以下略)

 

「ドブネズミ」というワードから始まる歌。

このインパクトは後にも先にもない。

 

「ドブネズミは美しい」

この意味とはなんなのだろう。

 

ボクは「誰かを愛する気持ちに大きさも見てくれも関係ないんだ!」という意味が込められているのだと思う。

 

どんなに世間で汚いと思われているドブネズミでさえも、自分の子供は大切にする。他者を思う根本的な愛は誰も、どんな生き物も変わらないのだ。その想いこそが美しく、写真なんかには写らないよね。

 

そう言っている気がする。

甲本ヒロトなりの哲学が垣間見える。

 

その上で「リンダリンダ」と続く。

そもそも「リンダ」とは何なのか。

この点については、甲本ヒロトがインタビューで「僕にもよく分からない」「自由に歌っていいんだよ」と言及している。

 

つまり「リンダ」とは誰でもないのだ。反対に言えば、誰でもいいのだ。

 

それは家族、恋人、愛する誰か。

もしくはもっと広い「何か」であってもいい。

 

それら全ては「リンダ」なのだ。

聴く人によって「リンダ」は違う意味を持つということだ。

 

今のボクにとっての「リンダ」は、過去の自分かもしれない。

この曲に胸を打たれ、ギターを手にし「リンダリンダー!」とジャカジャカ弾きながら1時間でも2時間でも叫んで、敵なんかいないと思っていたボクかもしれない。

 

パンクの熱いサウンドと共に、ストレートに心に入ってきてガツンと響く、そんな曲だ。

 

もう1つ、こちらもボクの大好きな1曲を。

1993年に発売された「1000のバイオリン」である。

 

 

この曲の作詞作曲はギターのマーシーだ。

甲本ヒロトのシンプルでストレートな歌詞とは違い、もっと文学的で美しい歌詞を紡いでいる。

早速見ていこう。

 

ヒマラヤほどの消しゴムひとつ

楽しい事をたくさんしたい

ミサイルほどのペンを片手に

おもしろい事をたくさんしたい

 

夜の扉を開けて行こう

支配者達はイビキをかいてる

何度でも夏の匂いを嗅ごう

危ない橋を渡って来たんだ

夜の金網をくぐり抜け

今しか見る事が出来ないものや

ハックルベリーに会いに行く

台無しにした昨日は帳消しだ

 

揺篭から墓場まで

馬鹿野郎がついて回る

1000のバイオリンが響く

道なき道をブッ飛ばす

誰かに金を貸してた気がする

そんなことはもうどうでもいいのだ

思い出は熱いトタン屋根の上

アイスクリームみたいに溶けてった

 

なんて美しい歌詞でしょう。

ヒロトのストレートな歌詞とマーシーの美しく文学的な歌詞の世界。

ブルーハーツの魅力だ。

 

でっかい消しゴムとペンだこと!

消しゴムとペンでたくさんたくさん書いて消す。

そのうち使った消しゴムは山のように積み重なり、ペンはまるでミサイルくらいにまで高くなる。楽しいことや、おもしろいことの根本は「何かを生み出すことだ」というメッセージだと思う。

 

一番好きなのは最後の部分だ。

 

昔、誰かに金を貸してた気がする。

そんなことはもうどうだっていいんだ。

小さい頃、暑い夏の日、トタン屋根の上でアイスを食べた。

暑い日差しに、アイスはドロドロ溶けて手をつたう。

そんなドロドロのアイスと一緒に、過去のことなど流してしまおう。

大事なのは、未来の楽しいこととおもしろいことなんだ。

 

そう言っている気がする。

 

もう本当に素敵。

なんて美しいのか。

日本語ならではの美しさも光っていると思う。

 

甲本ヒロトや真島昌利の歌詞には、シンプルで、それでいて美しい「日本らしさ」が凝縮されているのだ。

 

そんなブルーハーツを聴きながら、2021年も突っ走っていきたい所存。

 

「あ」とか「ザ」の話でした。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter :@koban_miyagawa
HP:https://www.koban-miyagawa.com/