一杯の紅茶と英文学 第2回

  

第2回 「ミルクティー、タピオカ抜きで!」

南野モリコ

「タピ活」は「ティー活」。

タピオカがブームである。昨年2019年から筆者の周りの20代の女子たちが「今日は絶対にタピる」、「タピオカなしではいられない」と話しているのを聞き、ブームの予感はしていたのだが、「タピ活」というワードまで浸透するとは思わなかった。こっくりと甘いアイスミルクティーの底にもっちりしたタピオカがごろごろと入り、太めのストローで吸い上げるのに初めは躊躇するものの、その食感は確かに美味である。第1次タピオカ・ブームの時に体験したタピオカより数倍、おいしい。Мサイズのカップ1つ600円以上。一瞬「高っ!」とは思うのだが、これ一杯で喉も潤いお腹も満たされるなら手頃な値段である。

しかし、多くのタピオカ女子にぜひ気が付いて欲しいことがある。君たちが手にしているものはタピオカではなくアイス・ミルクティーなのだ。絶対にそうなのだ。筆者としてはブームなのはタピオカではなくミルクティー。「タピ活」ではなく「ティー活」と呼びたい。

 

ChaTea紅茶教室『英国ティーカップの歴史』(河出書房)

 

紅茶のスクールに通っていた筆者は、紅茶の奥深さを発信するべくコラムを書く他、ラジオ番組を持っていたこともあったが、その頃の紅茶ファンは子育てを終えた主婦であり、エンターテイメント性に欠けていた。それが「インスタ映え」の勢いに乗って登場したフルーツティーによって一気に20代女子にシフトしたのだ。あれはタピオカ・ミルクティーが流行る前の2017年だっただろうか。青山エリアに夏季限定でショップがオープンし、行列ができた。カットしたフルーツがふんだんに入ったのが見えるよう専用のボトルも発売された。それは新時代の紅茶であったが、筆者にとってそれはもはや紅茶とは思えなかった。見た目がデザートに近くなったからではない。茶液の中に、お腹にたまるくらい食べ物が入ったことによって茶の持つ「精神性」が汚されたように思えたからだ。

世界を見ると、茶に何も加えないでストレートで飲む国は中国と日本くらいで、多くの国がミルクや砂糖、フルーツを入れている。角山栄氏が『茶の世界史』で「東洋の茶は精神主義的、紅茶は物質主義的」と言ったことを思い出した。

 

角山栄『茶の世界史』(中公新書)

 

しかし、タピオカ・ミルクティーはなんといってもイギリス生まれのミルクティーが本体だ。子育てを終えた主婦に支えられた「オールド紅茶ブーム」の頃、紅茶好きの間では、ダージリン、それもファーストフラッシュをポットでジャンピングさせて香りを楽しむのが主流であった。ミルクを入れて飲むのは少数派であり、イギリスで紅茶を覚えた筆者は寂しい思いをしていたのだ。タピオカ・ブームがなければ日本でこれほどミルクティーが飲まれることはなかったのではないだろうか。タピオカ・ブームは日本の紅茶のトレンドを変えた。だからフルーツティーは受け入れ難かったが、タピオカ・ブームはちょっと嬉しい。

 

「おいしいお茶」にはコツがある

前回のコラムで、筆者はロンドンの遊学で紅茶に目覚めたが日本に帰って同じ紅茶を淹れても同じ味にならずがっかりしたことを書いた。それからというもの『おいしい紅茶の淹れ方入門』なる本を何冊も手にしてその通りに試してみたが、イギリスで飲んだあの心地よいコクと渋味とには出会えなかった。しかし、実際には、日本でもイギリスのようにおいしい紅茶を淹れることは可能であると胸を張っていえる。実際、原稿を書いている今もロイヤル・アルバートのティーカップに入ったミルクティーをマウスの邪魔にならない距離にスタンバイしている。

おいしい紅茶の条件はまず茶葉の選び方なのだ。

ジョージ・オーウェルはエッセイ『一杯のおいしい紅茶』で自分が紅茶を飲む時に絶対に欠かせない11か条の第一として「インド産かセイロン産の茶葉を使用することが肝心」とあげている。

 

ジョージ・オーウェル『一杯のおいしい紅茶』(朔北社)

 

1838年にインドでアッサム茶の生産が本格化し、1841年にはセイロンで茶の栽培が始まっている。イギリスがまだ茶を中国からの輸入に頼っていた時代は茶は労働者階級の人々には手が出せない高級品であったため、一度使った茶葉を乾燥させて転売するような商売もまかり通っていたらしい。『一杯のおいしい紅茶』は、1946年1月12日付の『イヴニング・スタンダード』に掲載されたものであり、この時代には、そのような茶葉は存在しなかったかもしれないが、良質な茶を選ぶのは素人には難しいことである。「インド産かセイロン産」としているのはオーウェルの愛国心からとも思えなくもない。

紅茶ひとつ淹れるだけなのに11個も拘りがあるのは、博多出身の人が博多ラーメンの食べ方にこだわりがあるのと同じで、それだけ紅茶が生活に根付いていたからと言える。それぞれが自分なりのメソッドを持っているということだ。しかし、茶葉の分量から熱湯をティーポットに注ぐタイミングまでマイルールがあり、「紅茶は濃いことが肝心」「紅茶好きは濃い紅茶が好きなだけでなく、年ごとにますます濃いのが好きになっていくもの」と熱弁している姿は、完全にオタクである。『一杯のおいしい紅茶』はわずか5ページの短いエッセイであるが、この散文があるために『動物農園』や『1984年』のような政治的な小説も親しみやすく読めた。ティーカップを片手ににっこりと笑いかけられているような気がする。紅茶に酔った筆者の偉大なる勘違いだ。

 

ジェフリー・メイヤーズ『オーウェル入門』(彩流社)

 

某有名チェーン店では、タピオカが食べやすいように「氷抜き」をオーダーすることもできるそうだ。紅茶好きな筆者としては、タピオカ女子が大人になって、自宅のキッチンでタピオカ抜きのミルクティーを作るようになることを願っている。飽食の時代に生まれた彼女たちなら、オーウェルの11か条を超える、なんだかすごい「ミルクティーの掟」を考え出しそうである。

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

映画配給会社宣伝部勤務を経てライターに。大学時代、イギリスに遊学したことをきっかけに紅茶の魅力に開眼。リプトン・ブルックボンド・ティースクールで学ぶ他、『不思議の国のアリス』『赤毛のアン』他、英米文学作品に描かれる「お茶の時間」を研究する。紅茶、日本茶はじめ世界のお茶を愛し、これまで飲んだお茶は1000種類以上。ツイッター:「モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!」