あてにならないおはなし 第13回

  

第13回「犯罪ってなんだ」

 

阿部寛

 

記憶をたどってみると、犯罪への強い関心は、小学生のころから持ちあわせていたようだ。𠮷展ちゃん誘拐殺人事件(1963年3月、わたしは当時8歳)、狭山事件=女子高校生強盗強姦、強盗殺人事件(1963年5月、当時8歳)、金嬉老事件(1968年2月、当時13歳)、永山則夫事件(1968年10月〜69年4月、当時13〜14歳)などについて鮮明に記憶している。容疑者に対して、連日連夜の苛烈な報道、家庭や地域での話題を独占するほどのエスカレートぶりだった。国会審議では、犯人取り逃がしと被害者の死亡と身代金略取、さらには捜査の長期化に対する警察や検察へのすさまじい非難が集中し、地域社会においては、容疑者家族や被害者家族への卑劣極まりない攻撃や排除が繰り広げられていた。当時愛読していた社会派の推理小説家さえ、容疑者を鬼畜呼ばわりし、「逮捕の報にほっとした」とコメントしたのにはまったく失望した。まだ容疑者であり、起訴さえされていないのにである。

また、容疑者に係る貧困や家庭環境、被差別部落、在日朝鮮人などのキーワードが、犯罪についての社会的背景としてではなく、犯罪性や凶悪性の根拠そのものであるかのような報道ぶりに子どもながら嫌悪感を覚えた。さらには、容疑者の家族、被害者やその家族の家庭状況までもが暴かれ、社会全体が寄ってたかって関係者を袋叩きにするような非常に嫌〜な空気を実感していた。果たして、犯人と疑われた人々は、どんな人生を歩んだ人なのか、その真相を知りたい。犯罪をめぐる一連の社会的物語がどのようにつくられていくのか。もしかしたら、犯罪に関する真実究明よりも、世間の声に押されて社会不安除去と秩序回復が先行されているのではではないか。もしかしたら、真犯人でなくても地域や世間の気が収まれば、誰でもいいとさえ思っているんじゃないか、とさえ思えてくるのだった。

一体、犯罪とは何だろうか。なぜ、犯罪という類型の行為が作られるのか。罪刑法定主義がいう「犯罪構成要件に該当する、違法、有責な行為」とはどういうものなのだろうか。犯罪と刑罰がセットなのはなぜだろう。人間には理性と人格があり、行為能力と責任能力があり、そして自由意志と主体性があるとされる。環境や状況に決定されつつも、それ以外の行動を選択する自由がありながら、あえて犯罪行為を選択したのだから、社会的な制裁としての刑罰を受け入れなければならない、と言われているが、それはほんとうなのか。犯罪および刑罰の適用については、刑事司法という国家機関が独占しているのはなぜか。また、刑罰を科す国家の正当性はどこにあるのか。近代の監獄は、なぜ自由を拘束し労働を強制するのか。少年期からの素朴かつ本質的な疑問は深まり、その謎を解き明かしたいと犯罪学研究への道に歩みだしたわけだが、

多くは謎のままだ。

学部から大学院で学んだ犯罪学理論のいくつかは、長年素朴に感じてきた私なりの犯罪観に相貌を与えてくれた。それが、ラベリング理論、象徴的相互作用論、社会構築主義論、ラディカル・クリミノロジーなどである。粗野でまとまりのない視座に名前が与えられるということは至上の喜びであり、ギフトではあった。

その一方、欧米の犯罪学理論では、説明がつかない、不具合が次第に明らかになってきた。欧米では、個人と社会と国家があり、理性と人格を保有する個人が相互の合意によって社会を形成し、個々の意思と自由の供出により国家を形成するという法的ルールを基盤とするが、日本社会は果たしてどうか? 理性と人格を基盤とした個人は果たして存在するか。或いは想定されているか。不可侵の独立した主体性としての個人はそもそも存在しておらず、他の属性(性別・年齢・家柄・出身・身分・学歴・会社・職業・地位…)のパーツとして初めて社会的認知を受けるのではないか。われわれの行動規範は、法律・法的ルールのような様相を呈しながら、実は日常の生活世界を差配する準拠枠は社会とは別の「世間」ではないのか。

友人間でこどもを預かり、その最中に子どもが池に水没死した事件をめぐって、子を預けた親Aが預かった側の親Bに対して損害賠償請求した事件があった。この裁判をめぐっては、原告・被告双方対して多数の匿名の第三者から、いろいろな形で強烈な攻撃や社会的排除があり、結局両者とも控訴を取り下げ裁判を継続できなかった。いやがらせの手口は、手紙、電話(無言電話も)、FAX、被害者の姉に対する学校でのいじめ、原告(被害者の父)の兄に対して仕事を回さない等々。終いには原告・被告ともに地域で生きられず、転居を余儀なくされたのである。世に言う「隣人訴訟」(事件は1977年に発生、1983年2月の第1審津地裁判決後に両者とも控訴を取り下げた)である。

法務省は憲法に保障された裁判を受ける権利の侵害であり、重大な人権侵害行為だとして、新聞やTVで国民に向けてメッセージを発信した。民法学者は、A-B間の行為は契約(準委任契約)かそれには至らない不法行為かで論争した。さらには、日本人の法意識が問われた事件として脚光を浴びた。

しかし、果たして事の真相はそういうことだったのだろうか? 実は、この裁判を取り巻く原告・被告及びその関係者、直接には事件の利害関係者とは言えない匿名の第3者たちによる誹謗中傷行動、法廷に係った裁判官、弁護士等の専門家たち、民法学者たち、そしてほとんどの国民が、この事件と裁判の地下伏流として絶えることなく作用し続けている「世間」の正体に気づくことがなかったのである。

後に、いち早くこの点を指摘したのが、刑事法学者で哲学者、そして世間学者である佐藤直樹だった。

 

(つづく)

 

 

[ライタープロフィール]

阿部寛(あべ・ひろし)

1955年、山形県新庄市生まれ。生存戦略研究所むすひ代表。社会福祉士。保護司。

20代後半から、横浜の寄せ場「寿町」を皮切りに、厚木市内の被差別部落、女性精神障害者を中心とするコミュニティスペースで人権福祉活動に取り組む。現在は、京都を拠点として犯罪経験者・受刑経験者、犯罪学研究者、更生保護実務者等とともに、ひとにやさしい犯罪学、共生のまちづくりを構想し共同研究している。

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