三重県立高等学校地歴科教諭の傍ら名古屋国際政治研究会(名古屋大学法学部大学院)や中部地区東南アジア歴史学会(名古屋大学大学院国際開発研究科)に参加し、三重国際文化交流の会を主宰。その後、タイ国立タマサート大学東アジア研究所客員教授、同時に同大学内の青山学院大学オフィス所長(青山学院大学招聘教授)。2012年からは国立、福井大学客員教授を兼ねる。
著書に『越後 毒消し売りの女たち』『熊野灘 もう一つの古道』『仏都バンコクを歩く』『韓国古寺紀行』『ブラジル夢紀行』『ヘッセと歩くドイツ』(以上、彩流社)。『インドネシア放浪』『タイの古寺を歩く』『アジアを結ぶタイ国境部』(以上連合出版)など十数冊を数える。
彩流社 サイリュウシャ 《目次》
第1章 西 安――輝ける古代の都
一、古の都、長安
二、大秦景教流行中国碑
三、空海と景教
四、大秦寺
五、さらば西安、また来る日まで
六、ネストリウス問答
第2章 オロン・スム――オングートの部族の都
一、モンゴルの台頭
二、宗教と政治
三、シルクロードの商活動と景教
四、景教の都、オロン・スム
五、呼和浩特
六、楽しい草原ツアー
七、再び呼和浩特を歩く
八、墓石は語る
九、景教十字と時代変遷
第3章 泉 州――昔日の国際開港都市
一、泉州へ行く
二、泉州海外交通史博物館
三、ミカエル氏との会話
四、鑑真と戒壇院
五、車よ、ゆっくり走れ
かつて世界最大の信者を抱えていたというアジアのキリスト教・景教がどのようにして栄え、そして消え去ったのか。更にシルクロードの終点奈良に既にこの景教は伝来していたと言われるが、果たしてその事情はどうなのか?
中国西安の古都長安から、かつて景教の都でモンゴル帝国の地内蒙古幻のオロン・スムへ。そして景教墓石の発見の地泉州へと。景教の痕跡を求める探索の旅は続いた……。
古代、唐の時代に入ってきたキリスト教ネストリウス派(景教)が、消長を繰り返しながら、元王朝の時代まで続いた足跡を追い、その栄枯盛衰、またその景教がはたして日本へ来ていたのかどうか、その謎に迫る。写真多数。